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閑話休題 はぐれ狼娘一人旅(2)

親切な店の女将と主人にくどいくらい礼を述べた後にリムリィは店を後にした。満腹になったところでようやく冷静になって自分の置かれている状況について考えることができた。流石のしょういどのでもしばらくすれば自分を乗せ忘れたことに気づくはずだ。きっと引き返してきてくれる。それまで我慢すればこの状況は乗り越えられるはずだ。それまでは軍の駐屯基地でお世話になろう。階級こそないものの自分も軍属だ。事情を説明すれば雨風を凌げる宿くらいは貸してもらえるだろう。そう考えたリムリィは意気揚々と歩きだそうとした。その途端に自分のズボンのすそが何かに引っかかっていることに気づいた。何かの出っ張りに引っかかっただろうか。そう思って振り返った瞬間に彼女は固まった。すそを引っ張っているのが物ではなく小さな女の子であったからだ。5、6歳だろうか。薄汚れた格好こそしているものの銀髪碧眼の美しい瞳をした少女だった。外国人だろうか。まず顔が目についたのだが、服装をみてぎょっとなった。首から下を布の外套にくるんでいるが素足なのである。いくら経済的に貧しいご時世とはいえ普通の子供は靴を履いているものだ。

「…ママ……。」

少女は泣きそうな表情をしながらリムリィのズボンのすそをぎゅっと掴むと離そうとしなかった。

「ちょっと君。私は貴方のママじゃないんだけど。」

しどろもどろになりながらリムリィは必死に彼女の説得を試みた。だがしかしそれは逆効果だった。たちまち女の子は大声で泣き出した。

「ママーーーー!!うわーーーん、ママーーーー!!」

青ざめたのはリムリィだ。街を通りかかる人々から見れば自分は幼児を虐待している母親にしか見えない。気のせいではなく見るものすべてが自分に詰めたい視線を向けているような気持ちになって彼女は慌てて少女をなだめようとした。駄目だった。なだめようにもまったく泣き止むどころか益々泣き声が大きくなっていく。収拾がつかなくなったリムリィは少女を脇に抱えると大通りを後にした。人さらい犬娘の誕生だった。




               ◇




人通りの少ない裏通りに少女を連れ出してしばらく宥めた後にようやくリムリィは少女を泣き止ませることに成功した。心労のあまりにげっそり疲れた顔をしながらリムリィは尋ねた。

「お嬢ちゃん、お名前はなんていうのかな。」

「フィフス。」

「フィフスちゃんっていうんだ。どうしてお姉さんをママだと思ったのかな。」

「ママと同じ髪の色をしてたから。」

どうやらフィフスと名乗るこの少女の母親は自分と同じ髪の色をしているらしい。ひょっとして司狼族の生き残りなのかと思ったが、彼女の耳は人間と同じものだったためにその可能性はなさそうだった。

「ママとはぐれたのかな。」

「ううん、違うの。ママには会ったことないもの。」

どういうことなのだろうか。生き別れたとでもいうのか。少女の答えは難しすぎてリムリィの理解を越えていた。

「フィフスはね。カプセルで生まれたから。培養個体なんだって。」

「培養個体?」

リムリィの質問に頷くとフィフスは背中を向けた。そのまま外套の下からせり出してきたものにリムリィはぎょっとなった。フィフスの背中に生えていたのは蝶のものを思わせる昆虫のような羽根だったからだ。

「…貴女、妖精族なの。」

信じられないものを見ながらリムリィは呟いた。妖精族とは西方に住んでいるという精霊に近い種族だ。めったに人里には降りてこない上に昨今の混虫が跋扈する世の中では混虫と同族ではないかという疑いを持たれて迫害の対象となっている。軍部でも捕獲次第に研究材料にされてしまう不憫な生き物達。それがこの世界の妖精族であった。なんということだろうか。このまま軍の駐屯基地に行けばこの子は捕まって研究材料になってしまう。再びリムリィは途方に暮れようとしていた。


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