剣劇は響く 高らかに(10)
氷が浮く極寒の湖の中に叩き込まれること数十回でコロはなんとか浮葉を体で覚えることができるようになった。なにせ命がかかっている。何度落とされても針のように刺す水は慣れれるものではなかった。相変わらず仙人に打ち込まれ続けるものの浮葉を覚えてからコロの生傷の数は激減した。不思議に思ったコロは仙人にそのことを尋ねてみた。
「浮葉を覚えたものは衝撃を殺すことができるからのう。今のお主はたいていの衝撃は水面に浮かぶ枯葉に石を投げつけるように逃がすことができるじゃろう。」
なんとも不思議な話であったが、体感としてそれは理解できるものであった。防御に関しては様になってきたものの相変わらず仙人の攻撃を見切って対応するのは至難の業であった。なにせ仙人の動きが早すぎるのだ。コロが一太刀入れる間に3回行動を仙人は行っている。手数が圧倒的に足りない。そう思ったコロは一晩悩んだ後に自分なりの答えを導き出した。次の日の組み打ち稽古の開始時にコロの答えを見た仙人は目を細めた。
「二刀流とは考えたな。」
そう、コロは左右の腕に一本づつ大小の木刀を構えていた。速すぎる仙人の攻撃に対処するためのコロなりに出した結論であった。
「打ち込まれるのはもう御免ですから。」
「ならば見せて見よ。」
そう言って仙人は氷を蹴って襲い掛かってきた。一瞬で間合いを詰めると同時に切りかかってくる。コロは素早く右の小刀でそれを受けると同時に左の木刀で切りかかった。空気を切る風切り音を顔面すれすれで避けながら仙人は蹴りを放った。腹部に衝撃を受けながらもコロは浮葉で衝撃を殺して間合いを取ると再び二刀を構えた。
「今のはちと危なかったの。」
「惜しいですね。」
「儂に一太刀入れることができれば奥義をひとつ教えてやろう。それができればひとまずは初段の皆伝じゃ。」
仙人の言葉にコロは頷く。仙人とコロの修行は佳境に移ろうとしていた。
◇
コロが白金山に旅立ってからひと月が過ぎようとしていた。荷物運搬の任務に追われていた少尉であったが、機関室に吊るしてある暦にはしっかりと日付の消し込みを行ってコロの帰還する日が分かるようにしていた。今日の日付に消し込みを行った後に呟く。
「ようやく明日か。」
感慨深げに少尉は呟いた。このひと月、様々な出来事があった。コロが不在な中で新たな混虫の襲撃があったし、リムリィが駅に置いてきぼりを食って迷子になるというトラブルもあった。それはまた別の機会に語りたいとは思うが、そのたびにコロがいればと嘆くことばかりであった。口うるさいと思っていたが、いざいなくなると寂しいものである。そんな少尉の様子を物陰からリムリィが伺う。
「やっぱりしょういどのも寂しかったんだ。」
それを思うと嬉しくなって尻尾をばたつかせた。そんな矢先、剛鉄から声がかかった。
【少尉殿、軍部から入電です。『正体不明の混虫が山中駅付近で確認された模様。陸軍が応戦しているが苦戦している。至急応援されたし』とのことです。】
「山中駅だと。どこだそれは。」
【白金山付近の街です。】
「コロの修行場所の近くとはな。なんとも作意を感じるじゃないか。」
迎えにいく手間が省けたな。自虐的にそう一人呟いた後に少尉は山中方面に剛鉄を走らせた。
◇
陸軍の戦車部隊が砲撃を行う。その砲弾を薙ぎ払うのは一匹の巨大な蟷螂だった。彼の持つ両方の鎌は凶悪だった。石だけでなく鉄をも容易に切り裂く。二つの複眼をぎょろつかせると獲物である戦車を見つけて地面ごと薙ぎ払った。戦車が真っ二つにされて中から戦車兵が命からがら逃げだした。蟷螂はそれをあっさりと捕獲する。生きたまま蟷螂に捕らわれた戦車兵は悲鳴を上げる暇さえなく、その鋭い大顎で頭からぼりぼりと貪られて絶命した。獲物を捕食し終えると蟷螂は両方の前足を丁寧に舐めて返り血を奇麗に掃除した。その様子をほかの兵士たちは絶句しながら見つめるほかなかった。蟷螂にとって動くものは全て生餌に過ぎなかった。そんなものが街へ来ればどういう事態をもたらすか。阿鼻叫喚の地獄となることは目に見えて分かることであった。戦車部隊の隊長も本音を言えばすぐにも逃げ出したかった。だが、それをすれば無辜なる街の人々が犠牲になる。それだけはなんとしても避けねばならなかった。




