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剣劇は響く 高らかに(9)

一週間ほど異常な修行を繰り返した。そこまでくると心身ともに疲労も極限まで達していた。うなされる余裕もなく寝て起きてもすぐに起き上がることができなくなっていた。だが仙人は容赦なくコロを叩き起こすと罵声とともに湖まで追い立てた。

(…鬼だ。)

コロはそう思った。そして同時にこうも思った。強くなる前にこの人に殺されるのではなかろうかと。少尉やリムリィ、ちはやの仲間たちの顔が脳裏に浮かぶ。僕は生きてみんなに会うことができるのだろうか。真剣にそう思った。思いながらも薄氷の上を狼に追われながら走る。疲れのせいなのか全力で走ることさえできなかった。身体に力が入らない。このままではすぐに狼に追い付かれるだろう。しかしいつまで経っても狼は追い付いてこなかった。それだけではない。氷の上を走っているというのに足元に全く亀裂が走らないのだ。おかしい。これは一体どういうことだ。背後から迫ってくる狼の動きすらゆっくりに感じられる。

「…ほう。ようやくか。」

遠巻きから眺めていた仙人もコロの異変に気付いて目を細める。そして何げなく地面から小石を拾うとコロに向かって投げつけた。投擲の振りさえ見えない速さで小石はコロに向かって風切り音をあげながら一直線に飛んだ。コロは全く仙人のほうを見ずに走りながら小石を受け止めた。ほとんど無意識の行動だったのだろう。コロ自身が石を受け止めたことに困惑しているようだった。老人が満足そうに眼を細める中でコロは湖の対岸まで走り終えていった。




                  ◇




対岸まで走り終えたあとでコロは興奮した様子で仙人の元へ駆け寄ってきた。自分の体に何が起きたのか分かっていないコロに仙人が説明する。

「極限まで疲れたことで無駄な動きがなくなったということじゃ。」

「僕の動きに無駄があったということですか。」

「左様。極限の疲れで無駄な力が入らなかったはずじゃ。そうなると自然と体は一番負担が少ない動きで動こうとする。」

「つまりは僕を殺すつもりでいたぶっていたというわけではなかったんですね。」

「お主は儂をどういう眼でみておったのじゃ。」

率直なコロの言葉に流石の仙人も苦笑いした。そして続ける。

「ともかくこれで基本はできたということじゃ。後は戦い方を体に染みつかせるのみ。ここからの修行は薄氷の上での組み打ち稽古をひたすらやるから覚悟しておけ。」

やっぱりこの人は鬼じゃないか。薄笑いを浮かべる仙人に引きつった笑みを返しながらコロは思った。




                  ◇




組み打ち稽古といってもそれは相手の力と自分の力が互角であれば成立するものである。そもそもコロには仙人の動きを眼で追うことができなかった。ゆえにコロがまず最初に行ったのは避ける練習である。攻撃が来てからでは遅いので仙人の次の動きを予測しながら、ひたすら回避を行った。とはいっても予測通りに攻撃が来ることなど一割にも満たなかった。読み間違えた瞬間に容赦なく仙人の木刀に頭や胴、時には喉を打ち抜かれてふっ飛ばされた後に氷を割って冷水の中に落ちる。そのたびに心臓が止まりそうになるほど冷たい思いをして命からがらたき火の元に走る。それを繰り返すうちにまず覚えるのは受けでも避けでもなく体重制御だということを学んだ。ようは吹っ飛ばされても氷の上に立つことができれば冷たい思いをしなくて済むのだ。

仙人にそのことを話すとそれこそが仙人の流派の体裁きの極意である『浮葉』であると教えてくれた。浮葉とはその名の通りに水面に浮かぶ木の葉のごとくその身を制御する様だ。別名で浮身とも呼ばれる。浮葉を使いこなす達人はまるで自分の自重がないかのように鋭く尖った剣の先であっても立つことができる。そう言われてコロは思った。仙人自身ができるんだろうなということを。妖怪じみた秘伝であるが、それを身につけるためだと思えば氷の上での修行も頷ける。というわけでそこからは体裁きを意識して仙人との組み打ち稽古に明け暮れた。


本日は夜に外出のため更新は遅くなりますのでご了承ください。

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