剣劇は響く 高らかに(8)
自身の根底が分かったコロは疑問をとある疑問を持った。仙人が昔語りを行うきっかけになった天狼の守り人とはなんであるかという疑問である。仙人にそれを尋ねると彼は神妙に頷いた。
「天狼の守り人とは墓守のことじゃよ。」
「墓守ですか。」
意外な単語が出てきたためにコロは困惑した。気のせいだろうか、場の空気が少し冷え込んだように感じられた。仙人は囲炉裏に薪をいくつか足した後に火箸で軽くつついて火の巡りを良くした後に話し始めた。
「この白金山には天狼の躯が眠っている。そして死した孤狼族の魂が帰る場所でもある。」
「冥界のような場所ということですか。」
「人間の概念を用いるならばそうとも言えるな。」
仙人は頷くと宙を見上げた。
「孤狼族とは白虎の魂を引き継いだ、いわば神の眷属じゃ。人と混じった天狼の神の力は孤狼族が増えるに従って薄まっていった。じゃがその魂の大本は白虎の魂を引き継いだ天狼のもの。じゃから死んだ孤狼の魂は天狼の眠るこの地に集まってくるのじゃよ。」
「それを守るのが貴方の役割なのですね。」
「左様。」
コロの言葉に我が意を得たりといった様子で仙人は頷いた。
「集まった魂はどこに行くのですか。」
「集まって白虎となる。」
「え?」
仙人の意外な言葉にコロは自分の耳を疑った。
「お主も見たじゃろう。あの白虎を。あれは死した孤狼族の魂達が集まって顕現したもの。いわば英霊の魂達の集合体じゃ。」
コロは吹雪の中で見たあの白虎を思い出した。仙人のいう意外な正体に驚いたが、そうであればあの得体の知れない恐怖が何なのかも頷けた。ひとしきり話した仙人は大きくあくびをした。
「さて、そろそろ寝るとしよう。明日からの修行はつらいぞ。」
「覚悟しています。」
仙人の言葉にコロは不敵な笑みを浮かべた。
◇
次の日の早朝から始まった修行はコロの想像を超えた恐ろしいものだった。白い息をしながら連れてこられた湖の湖畔で仙人はたき火をし始めた。なんでこんなところでたき火を。怪訝に思ったコロだったがその疑問はすぐに氷解した。仙人が薄氷の上を走るように命じたからだ。おそらく氷が割れて水の中に落ちた時のためのものなのであろう。ただでさえ突き刺さるような寒さなのだ。落ちたらただでは済まない。氷が割れないように一歩一歩を踏みしめながら歩いていくとすぐに仙人の叱咤が飛んだ。
「馬鹿者、それでは修行にならんだろう。」
「そうはいわれましても。」
仙人に急かされてもコロは身の危険から勇気を出すことができなかった。業を煮やした仙人は人差し指と親指を加えると指笛を吹いた。するとすぐに何頭かの狼が走り寄ってきた。
「あいつを追い回せ。うまく追い付いたらかじってもよいぞ。」
「ちょっと、何を命令してるんですか!」
仙人の容赦のない命令にコロは青ざめた。狼たちはそんなコロのことなどお構いなしに嬉しそうに尻尾を振っている。仙人の飼っている狼だろうか。
「さあ、行け。」
仙人がけしかけると狼たちは一斉にコロに向かって牙を剥きながら走ってきた。追い付かれたらただでは済むまい。こうなると足元の心配をしている場合ではなかった。コロは慌てふためきながら走った。途端に足元の氷に亀裂が走っていく。そんなコロを容赦なく狼たちが追い立てる。コロが走れば走るほど氷に亀裂は走っていき、ついには割れた。狼たちは慣れた様子で立ち止まったが、足場をなくしたコロはそのまま湖の中に落ちてしまう。瞬時に体に突き刺さるような寒さを感じた。ずぶ濡れになりながら慌ててコロは氷の上に引き上がる。その顔色は真っ青で歯をがちがち震わせていた。仙人は無言でコロにたき火のほうに来るように促す。コロは両手で二の腕をさすって震えながらたき火の元にやってきた。
「…し、死ぬかと思いました。」
「向こう岸に渡るまでは毎日やるからのう。さあ、あったまったらもう一回じゃ。」
狼たちと戯れていた仙人はそんなコロに世間話でもするような様子で絶望的な宣言をしてきた。
「鬼だ、鬼がいる。」
早くも弟子入りしたことに後悔し始めたコロであった。
◇
仙人との修行は朝の走り込みから始まってその後は3時間程度の座禅を組む。瞑想するだけでなく自分の周囲にいる魂や自然の力を感じるようになるまで続けること。それが仙人によってコロに与えた修行であった。それが終わると午後は木刀を使って仙人との打ち込み稽古を行う。無論、あきらかに手は抜かれていたがそれでもコロは仙人の反応速度に全くついていくことができずに何度も頭やのどを打ち抜かれて気絶するか悶絶した。途中で気絶しても水をかぶせられてたたき起こされる。一度ではなく何度も何度も繰り返された。そしてコロが足腰経たなくなる夕方まで修行は情け容赦なく続けられた。




