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晴れ時々曇り ところにより蜂(4)【終】

「そういえば今日はこんなに晴れ渡っていたんだな。」

客室車両の床に直接座り込みながら、私は呆然と空を眺めていた。普通なら天井があるから見えるはずはないのだが、客室車両の天井はさっきのドンパチの間にハチが開けた大穴が開いていたために素晴らしく見晴らしがよくなっていた。私の背後で背中合わせにへばりこんでいたコロが同意する。

「空を見る暇なんてありませんでしたからね。少尉殿、お願いがあるんですが。」

「ん。」

私はそう言うと胸ポケットから取り出したタバコの箱から一本取り出すとコロに差し出した。

「ありがとうございますっ!」

コロは耳をピョンとあげながら嬉しそうにタバコを受け取ると私から火を貰って吸いはじめた。コロがタバコを欲しがるのは決まって死戦をくぐり抜けた時だ。コロが言うにはこの一本は生きてることを再確認するための安らぎの一本らしい。

「酷い恰好だな。ススと返り血でせっかくの色男が台なしだぞ。」

「少尉殿だって人のこと言えませんよ。」

「違いない。」

そう言ってからコロと私は呵々として笑い合った。満身創痍とはこのことだ。疲れきってまともに立ち上がることもできない。それほどにあのスズメバチとの戦いはギリギリのものになったのだ。

「…リムリィはよくやってくれたな。」

「ええ、会ったら頭を撫でてあげてください。」

コロの言葉に柄じゃないと笑い飛ばした。子供じゃあるまいし、いい年をした男が女の頭を人前で撫でるなどできるものか。

「えー!喜びますよ!」

「却下だ、却下。そんなに言うならお前が撫でてやれ。優しいお兄ちゃん、なんだろ?」

私はそう言うとタバコの火を消して、よろける身体をなんとか支えながら立ち上がった。

「少尉殿、どちらに。」

「まだ仕事は終わってないだろ。人の模範たる我々軍人がこんなだらし無い姿をガキどもに見られるわけにはいかない。」

「そういうとこ、生真面目なんだから。」

コロは苦笑しながらも立ち上がると自らの肩を私に貸すと支えてくれた。お互いに満身創痍だったが達成感はハンパなく、思わず私達が顔を見合わせて笑ってしまった。




                      ◆ 






駅のホームに列車はゆっくりと停車した。降り口からたくさんの子供達が引率の先生に促されながら下りていく。その様子を私とコロ、リムリィは笑顔で敬礼しながら見送った。最後に下りたあの女の先生が下りた後に振り返って深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げればいいか。」

「軍人として当たり前のことをしたまでです。私のほうこそお礼を申し上げます。」

「お礼、ですか?」

私の言葉に先生がキョトンとした表情を浮かべる。

「あなたがあの場を納めてくれなければパニックになっていたかもしれない。あの非常時にあの対応ができたこと、軍人としてではなく、同じ一人の人間として尊敬いたします。」

私の言葉に彼女は顔を赤らめた。その表情が私にはとても眩しく可憐なものに見えた。そんな彼女のもとに彼女の教え子達が集まってきた。

「軍人さん、ありがとう、ございましたっ!」

「かっこよかったです!」

「先生と狼のおねーちゃんの言った通りだった!軍人さんがみんなを守ってくれるから大丈夫だって!ほんとだったね!」

子供達はとても純粋でキラキラした目で私の前にわっと群がってきた。そのあまりの濁りのない瞳に私は怯んだ。だから子供は嫌いなんだ。純粋で人を疑うこともなくすり寄って来る。やめてくれ、私はそんな立派な人間ではない。冷や汗を浮かべながら私は子供達にぎこちない笑顔を浮かべた。多分ひきつっていたのではないかと思う。

「ほら、みんな、軍人さんが困ってるでしょう。」

私の表情を察したのであろう、先生が子供達を制するが子供達は騒ぐのをやめなかった。見るに見兼ねてコロとリムリィが子供達の相手を始めた。二人には私と違って子供に懐かれる才能があるらしく、すぐに打ち解けて遊び始めた。おかげで私は子供達から逃れることができた。

「ごめんなさい。みんなはしゃいでしまって。」

「はは、構いませんよ。子供は元気なのが一番だ。」

危ない危ない。コロがフォローしなければ、もう少しであの悪ガキどもを追い回して怒鳴り散らしているところだった。


「さて、もう行くことにします。名残惜しいですが、次の任務が待っていますので。」

「あ、そうなんですか…。」

私の言葉に彼女は少し寂しそうな顔をした。私自身も彼女とこれきりになるのはなんだか勿体ない気がした。そう思った時には自然と言葉が口から滑り出ていた。

「休暇が来たらあのハンカチをお返しに参ります。そちらに伺ってもよろしいですか。」

彼女は思いがけない私の言葉に少し驚いた後、消え入るような声ではいと頷いた。普段、朴念仁な自分がこんなことが言えたのが不思議だった。恥ずかしさで火が出そうになりながら私はコロとリムリィを呼ぶと、きびつを返して列車に乗り込もうとした。

「軍人さん!」

呼び止められて私は振り返って言葉を失った。子供達がみな私のほうを向いて敬礼してくれていたからだ。先程とは違う、込み上げてくる顔のほてりを隠すように俯いた後、私は彼等にしっかりと敬礼を返した。





                   ◆ 






春の風を受けながら列車はゆっくりと走り続ける。私は運転席で、コロはその傍らでゆっくりと流れる目の前の景色を眺めていた。

「リムのやつ、喜んでましたね。」

「ふむ、あいつも一応は年頃の娘だったということか。」

コロの言葉に私は思案しながら答えた。あのあと、子供達は私にコスモスの花束を渡そうとしてくれた。私はそれを一度は丁重に辞退しようかと思った。だが、すぐに貰って喜びそうなやつのことを思い出してリムリィに受け取ることを命じたのだ。

「そういえば、あいつはどうしてる?」

「客室車両を見てくるっていってましたよ。」

「そうか。」

私は頷くと斜めになっていた帽子を正すと再び運転に集中した。




             ◆ 





犬耳の少女は客室車両の最後部席に座りながら外の景色を眺めていた。その両手に大輪のコスモスの花束を抱えながら。彼女はいつまでも遠くなっていく街を嬉しそうに眺めていた。

大戦から四年。人間同士の戦争の爪痕はいまだ人々の心の中に深く残り、人類の敵、混虫との戦いはいまだ終わりを告げていない。だが、人の未来を守るために戦う者達がいる。希望は失われてはいないのだ。


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