剣劇は響く 高らかに(6)
コロが意識を取り戻すとそこは見知らぬ山小屋だった。部屋の中央の床に作られた囲炉裏の火に当たっていた仙人がコロに気づいて声をかける。
「気がついたか。」
起き上がったコロは軽い頭痛を感じた。おそらく倒れた時に軽い脳震盪を起こしたせいだろう。ふらつく頭で首をフルフルと振った後に辺りを眺めた。
「ここはどこですか。」
「わしの庵じゃよ。」
仙人はそういうとコロに囲炉裏に当たるように促した。たいまつの火がゆっくりと燃えている。囲炉裏の上には鍋が吊るされており、ぐつぐつと煮えていた。
「失礼します。」
コロは囲炉裏の前で老人に習うようにして胡坐をかいて座った。仙人はおたまで鍋の中身の煮え具合を確認した後に満足そうに笑った。
「ちょうどええ具合に鍋も煮えたようじゃ。」
そう言っておたまで鍋の中身を取り出すと漆の大きな器に入れてコロに差し出した。
「ありがとうございます。」
そう言ってコロは受け取ると鍋の中身を見た。野菜と肉で具だくさんの鍋だった。ほかほかと湯気が立って実に美味しそうであった。
「うまそうじゃろう。山の幸がたくさん入った仙人特製の鍋じゃ。」
「仙人というのは霞を食べて生きているものだと思っていました。」
「そんなわけがないだろう。生きていれば誰しも腹が減るものじゃ。」
コロの言葉に苦笑しながら仙人は鍋を食べるように促した。仙人に礼を言った後に手を合わせてからコロは鍋を口にした。
「…美味しい。この肉はなんですか。」
「山で採れたシシの肉じゃ。」
「獅子?この山にはライオンがいるんですか。」
コロの疑問に仙人は体を震わせて笑った。なにかおかしいことを言っただろうか。きょとんとした顔をしてコロは仙人を眺めた。仙人はしばらく笑った後にコロの視線に答えた。
「シシというのは猪のことじゃ。お前さんは面白いのう。」
仙人の指摘にコロは赤面した。そんなコロを楽しそうに眺めた後に仙人は自分も漆の器を手に取ると鍋の中身を入れた。そしてがっつくように食べ始めた。いい食べっぷりだな。コロは呆然とそれを見守った後に我に帰ると見よう見まねで自分も鍋をがっつき始めた。
◇
鍋を食べ終えて食器を台所に片付けた後に仙人とコロは囲炉裏に当たった。じんわりとあたたかみを感じる。
「囲炉裏というのはいいものなのですね。」
「囲炉裏を知らんかったか。」
「恥ずかしながら。ストーブとこたつしか知りませんでした。」
「囲炉裏はな、お前さんたちの先祖が考案した素晴らしき財産じゃよ。」
そう言って仙人は囲炉裏に当たりながらも隙間風を若干感じて身を震わせた。風の音がびゅうびゅうと鳴っている。外の戸を叩いているようだった。
「こりゃあ、今晩も積もるのう。」
「あの、どうしてこんな不便な場所に住んでいるんですか。」
こんな辺鄙な場所ではなく、もっと街のほうに住めばいいのに。コロの疑問に応える代わりに仙人は楽しげに笑った。
「そうもいかんのじゃよ。儂はこの地の守り人ゆえにな。」
「守り人。」
「天狼の守り人という名を聞いたことはないか。」
仙人の言葉にコロは首を傾げた。まるで聞き覚えのない言葉だった。かすかな記憶の糸を手繰り寄せてかろうじて天狼という言葉は思い出した。確か孤狼の始祖である神の狼のことだったはずだ。だが、その守り人とは何なのだろうか。
「不勉強じゃな。」
「…すいません。」
仙人の指摘にコロは素直に謝った。その姿勢をよしと思ったのか仙人が頷く。
「知識は足りないが素直にそれを認める潔さはよし。」
そう言って仙人は昔話を始めた。孤狼族の始祖の時代の遠い昔の物語を。




