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剣劇は響く 高らかに(5)



                  ◇◇◇



いつの間に眠っていたのだろう。人の気配を感じたコロは目覚めた瞬間に驚いた。孤狼族の老人がこちらを覗き込んでいたからだ。飛び下がるようにして距離を取るコロを老人は興味深そうに眺めている。どこかであったことがある人だと記憶の糸を手繰り寄せると麓の駅で会った老人であることを思い出した。

「貴方は一体…」

「お若いの。お山の試練は無事に通り抜けたようじゃの。」

「試練ですか。」

「白虎と会ったのじゃろう。よこしまな心を持つものは即刻食い殺されるからのう。あれはそういう獣じゃ。」

昨日会った虎のことだと分かると冷や汗が出てきた。そんな危険なものだったのか、あれは。虎のこともそうだが、そんなことを知っているこの老人は何者だというのか。第一、ここは普通の老人がおいそれと来れるような場所ではない。だとするならば。コロの心を知ってか知らずか老人は笑みを深めるばかりである。

「あなたが大神仙人なのですか。」

「そう呼ぶ人間もおるよ。」

肯定とも言える言葉にコロは感動のあまりに震えた。と同時に土下座に近い形で頭を下げて懇願した。

「どうか私に剣の極意をお教えください。」

コロの懇願に仙人は目を細める。

「おぬしの敵はなんじゃ。」

「…道を踏み外した昔の友です。」

「その友を殺すために剣を習うのか。」

仙人の質問はコロにとっての本質を突くものだった。その言葉にコロは自問自答した。剣狼を殺したくて剣が強くなりたいのか。奴は自分だけでなく少尉殿や仲間にも危害を加えようとしている。だが、だから殺すという答えが正解ではないようにも思える。コロは必死に考えた後に仙人に答えた。

「殺したくはありません。ですが私の力が足りないばかりに仲間に危害を加えることだけはさせるわけにはいかない。正しいことをするために力が必要なのです。」

「力がなくば正しいことはできぬというのだな。」

「…はい。」

コロの答えに仙人はしばし思案した。そのまま背を向けると歩き始めた。仙人の行動に答えを間違えたのかとコロは青ざめる。しばし歩いたあとに仙人は振り返った。

「何をしている。早くついてこい。強くなりたいのじゃろう。」

その答えにコロは驚いたあとに力強く頷いた。




                  ◇




仙人が案内したのはさらに山の奥にある小さな湖だった。このような険しい山のどこにこのような場所があったというのか。視界に広がった神秘の光景にコロは目を奪われた。

「ついてくるがいい。」

仙人に促されながらコロは後についていく。仙人は薄氷の張った湖の上をなにげなく渡っていく。コロもそれに続こうとして氷の上に片足を乗せた瞬間に青ざめた。氷に亀裂が走って今にも割れそうになったからだ。その様子に慌てて片足を引っ込める。

「気をつけたほうがいいぞ。寒中水泳はしたくあるまい。」

コロの戸惑いを知ってか知らずか老人は何事もない様子で氷の上を歩いていく。このまま距離を離されるわけにはいかないとコロは決心して足を踏み出した。氷はピシリと音を立てたがなんとか割れずにすんだ。細心の注意を払いながらコロは一歩一歩、氷の上を歩いていく。仙人はその様子を楽しそうに眺めながら言った。

「随分とのんびり歩くのう。そんな遅い歩みでは日が暮れてしまうぞ。」

「…そんなことを言われましても。」

ただでさえ危うい足元であるだけでなくこの山に入ってからなぜか体が重いのだ。同じ条件だというのになぜ仙人はあれほど軽々と歩いていけるのか不思議であった。足元がいつ割れるか分からない恐怖と戦いながらもコロは必死に仙人についていった。




                  ◇




仙人について凍った湖の上を渡り切ったコロはほっと胸を撫でおろした。

「明日からはあの上で走り込みを行ってもらうからのう。」

そんなコロに仙人は絶望的なことを口走った。冗談だろう、コロは引きつり笑いを浮かべて背後の湖をあらためて眺めた。死の危険をはっきりと感じた。

「どうもお主は無駄な動きが多すぎる。それがおぬし本来の強さを邪魔しておるのじゃ。」

仙人の言葉にコロは疑問を感じた。

「お言葉ですがそこまで無駄な動きがあるとは思えないのですが。」

「論より証拠じゃ。見せてやろう。」

仙人はそういうとコロと距離を取った後に向かい合った。

「これからお主を正面から攻撃する。それに抗ってみよ。避けても受けても好きにして構わうぬ。」

そういって仙人は無手のままで構えた。慌ててコロも身構えたが、一見して仙人の構えは隙だらけにしか見えなかった。

「ではいくぞい。」

そう言った瞬間、仙人の姿が消えた。まったく目で追えなかった。どこにいったかコロが視線を泳がせる暇もなく一瞬で仙人はコロの懐にいた。未知の恐怖にコロの全身が総毛だつ。

「ほい。」

なにげない様子で仙人はコロのみぞうちに掌底を放つ。攻撃が来るのがはっきりと分かっていたはずなのにコロは全く反応することができなかった。直後に凄まじい衝撃を感じてコロは宙を舞った。仙人から5mほど吹っ飛ばされて受け身を取ることもなく倒れる。

「これがわしとお前さんの現在の力量の差じゃ。無駄な動きをしなくなればお前さんもこのくらいの芸当は…おい、聞いておるのか。」

起き上がってこないコロの様子を不思議がった仙人は倒れたコロの顔を覗き込んだ。そこには完全に白目を剥いて倒れている孤狼族の若者の姿があった。

「最近の若いもんは軟弱じゃのう。」

あきらかに異常な力量のせいであるのだが、仙人はため息をつきながらコロの介抱を行った。



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