剣劇は響く 高らかに(4)
◇
「頭おかしいんじゃねえのか。」
半ば強引に少尉に連れてこられた定食屋の席に座るなり剣狼はそう吐き捨てた。言われた少尉はというと怒るでもなくのんびりと茶をすすっている。舐めてやがるのか。剣狼は今にも喉笛に飛びつこうかという勢いで怒鳴った。
「おい、聞いてんのかっ!!」
「大声で怒鳴るな。すきっ腹に響くだろう。」
剣狼の剣幕にも全く動じずに少尉は腹を押さえた。同時に腹の虫がきゅるるると鳴く。
「ほら見ろ、お前が怒鳴るから鳴き出したじゃないか。」
「いや、そうじゃなくてよ。」
「おばちゃーん、サバみそ定食の大盛りね。あ、お前は何にするんだ。決めてないなら同じ奴にするか。サバみそ定食追加ー。」
「聞けよ!」
我慢できなくなって席から立ち上がった剣狼は机に両掌を叩きつけた。何事かと思って定食屋の主とおかみが暖簾から顔を覗かせる。ほかの客もびっくりして一斉に剣狼のほうを向く。少尉はというと実に面白そうな顔をしながら剣狼の顔を眺めている。周囲の視線を一斉に受けて何となくばつが悪くなった剣狼は憮然としながら席に着いた。
「気はすんだか。」
「すむわけねえだろが。」
少尉の言葉にむっとしながら答える。
「お前の言いたいことはわかる。私とお前は命の取り合いをする敵同士。馴れ合いなんてもってのほかだというんだろ。」
「わかってんじゃねえか。」
こいつ絶対に性格が悪いだろ。言おうとしたことを先に言われて剣狼は口を尖らせる。少尉はそんな剣狼の様子を鼻で笑った。
「随分小さいことを言うじゃないか。」
「何が小さい。」
「ああ、人間の器が小さすぎる。」
「器だあ?」
少尉の言わんとすることが分からずに剣狼は眉をしかめた。少尉はお茶のお代わりをポットから注いだ後に剣狼にも促したが、剣狼は首を横に振った。少尉の話の続きが気になるようだ。
「確かに私とお前は命の取り合いをする敵同士だ。だが一緒に飯を食ってならんという決まりなどないはずだ。それに飯というのは一人で食うよりも誰かと食ったほうがうまいものだろう。」
「そんな気持ちはとうに忘れちまったよ。」
そう反論しながらも不思議と剣狼は少尉の意見を頭から否定することができなかった。表面上は否定していても心の奥底では「ああ、そういう考えもあるのか」と思えたからだ。
「飯を食ってから殺し合いというのも乙なものだぞ。」
「やっぱりお前は頭がおかしいぜ。」
少尉の言葉に剣狼はこらえきれなくなって含み笑いをした。そんな二人の元に定食が届いたのはそれからすぐのことだった。
◇
少尉たちの入った定食屋はご飯のおかわりが自由だった。二人はサバみそとみそ汁をおかずに競うように飯を詰め込んだ。食った。ひたすらに食った。食っている間は敵も味方も関係ない。そう思うとなんとも心地よかった。飯を食い終わってから会計を済ませた後で二人は店を出た。
「あー、食った食った。もう入らんぞ。」
「その身体のどこにあれだけの容量が入るんだよ、お前は。」
二人並ぶとあきらかに少尉の背のほうが低いのだが、食った量は少尉のほうが多いほどだ。爪楊枝で歯の詰まりを取りながら少尉が答える。
「食える時に喰えるだけ食う。これが優秀な兵士の条件だ。」
「そういうもんかよ。」
少尉の言葉に剣狼は苦笑いをした。いつの間にか少尉のペースに乗せられている。恐ろしいことにそれが苦痛ではないのだ。
「さて、そろそろ私は行くが首は本当にいらんかね。」
「欲しいと言ったらどうするんだ。」
「私も死にたくはないからな。全力で抵抗するさ。」
剣狼の問いに少尉は笑って答えた。二人の視線が瞬間に交差する。それは敵を地獄へ送る兵士のものだった。しばらく少尉の目を見つめた後に剣狼はため息をついた。
「やめた。そんな気分じゃなくなっちまったぜ。」
「また来い。今度はコロがいる時に正々堂々殺し合いをしよう。」
「やっぱりお前は頭がおかしいぜ。」
少尉の言葉に剣狼は笑った後で背を向けた。少尉も同じように背を向ける。そして歩き出した。全く真逆の道を歩く。それは二人の道が今後重なることがないことを暗示するかのようであった。




