剣劇は響く 高らかに(2)
山肌に雪が残る美しい見た目に反して白金山は人を寄せ付けない険しさを持った山である。上へ登るほどに気温は低くなっていき、山頂を目指す人間の体力を容赦なく奪う。その上、整備されていない山道は平たんなものでなくあちらこちらに飛び出た岩によって起伏が激しくなっており、登っているだけで体力を消費していく。さらにこの山には熟練の登山家であっても登頂を断念させる理由があった。山道を登りながらコロはその身で異変を感じていた。
「…おかしい。身体が随分と重く感じる。」
山を登り始めてからしばらくしてから体全体がずしりと重くなっている気がするのだ。コロが感じた異常こそが白金山の登山を難航化させる原因である。普通の場所に比べて重力が極端に強いのだ。一般に白金山の重力は通常の2倍と言われている。詳しい理由は明らかにされていないが、一説には大昔に外宇宙から飛来した隕石が埋まっているからだとも言われている。鍛えているコロであっても自重を二倍に感じながらの山登りは苦しいものであった。さらには山中行軍用のバックパックを背負っているために余計に体力を消費している。白い息を吐きながらコロは懸命に山道を登る。ふと顔の横にちらついた白い粒に気づいて空を見上げた。気温が下がっている影響か雪がちらつき始めていた。
「覚悟していたことだが、これは相当に厳しい状況だな。」
立ち止まってから雪のちらつくのをしばらく眺めた後に引きつり笑いを浮かべながらコロは首を横に振った。白金山の大神仙人を目指すものの多くがこの厳しい環境に途中で断念すると言われる。よしんば仙人の庵にたどり着いたとしても門前払いを喰らう場合が多く、仙人の修行を受けられるものはほんの一握りの人間に限られる。
「…僕はあきらめないぞ。」
半ば自分に言い聞かせるようにしてコロは再び歩き始めた。
◇
コロと別れた少尉は剛鉄を駆って街のほうに戻ってきていた。荷物運搬の指示を軍部から受けたからだ。部下に命じて遠方に運ぶ物資を積み込みながらも心ここにあらずといった様子で煙草を吸いながら駅のホームに突っ立っていた。
「おい、リムリィ。少尉殿はどうなされたんだ。」
身の丈2mはありそうかという頑健そうな大男が補給物資の積み込みを手伝うリムリィに尋ねる。彼は伍長。剛鉄の乗員であり、コロよりも古くから少尉に使える古強者の一人だ。
「ああ、伍長殿。コロ兄さまがいなくなってからあんな感じなんですよ。」
「あれは相当重傷だぞ。」
見れば煙草の火はついているのだが、まったく吸っていない様子のまま持ち手のすぐ近くまで灰になってしまっている。それに全く気づいてないようである。指先の熱さを感じてようやく気づくと慌てて煙草を振り落とした。遠目からそれを見ていたリムリィと伍長は苦笑いを浮かべた。
「あの人のあんな様子を見るのは久しぶりだな。」
伍長はそう呟いた後に荷物の入った木箱を持ち上げた。リムリィもそれに倣って同じ場所に積み上げてある木箱を持ち上げようとするが、重量がありすぎるのか全く持ち上げることができなかった。
「ああ、それはやめといたほうがいいぞ。そんな大きさだが大人一人くらいの重さはあるからな。」
伍長はそう言うとリムリィが持ち上げられなかった箱をひょいと片手で持ち上げると両方の肩に木箱を抱えながら貨物車両のほうへ歩いて行った。なんという力であろう。リムリィは唖然としながらそれを見送った後にふと我に戻って荷物の運搬を再開した。
◇
夕方になってから本降りになってきた雪はやがて吹雪となり、コロは登山の継続を断念した。寒をしのげる場所がないか周囲を探索した後に山肌をくりぬいたような天然の洞窟を見つけてそこでキャンプの準備をした。まずはたき火を起こしたあとで湯を沸かす準備を行った。それからバックパックから携帯用の毛布を取り出して羽織った後で火に当たった。冷えていた手先が温まっていった後に体全体がじんわりと温まっていくのを感じる。湯が沸いたあとに金属のマグカップに珈琲を入れてから携帯食料のビスケットをかじりつつ啜った。けしてうまい物とは言えなかったが、寒さと飢えを凌ぐには十分なものだった。外は雪が降りつける音以外は完全な無音状態だ。たき火を眺めながらふと思った。
「少尉殿は今頃どうしているかな。」
思い出すのは少尉やリムリィ、そして剛鉄の仲間たちのことであった。若くして家族を失ったコロにとって少尉たちの部隊は第二の家族のようなものだ。少尉たちは自分を家族のように扱ってくれたし、なによりも自分自身があの場所を心地いいものと感じていた。いつも少尉たちの側にいるのが当たり前の状態になっていた。胸のうちに軽い喪失感のようなものを覚えた後にそれが寂しさなのだと実感した。そんなことを考えているうちに山登りの疲れもあったのかいつしかコロは眠りについていった。




