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閑話休題 湯煙温泉奇行(7)

店の中に入ると恭しく応対する黒服に奥のボックス席へと案内された。少し薄暗い部屋の中で天井のシャンデリアが眩しいくらいに光り輝いている。赤の絨毯を踏みしめながら歩いていく途中でほかのお客を接客している女の子たちの姿が目に入った。みんなドレスを身につけて煌びやかな装飾品を身につけている。年の割に少々化粧が濃い。静かに酒を飲むにはうるさすぎる店だな、少尉はそう思ったがコロが鼻の下を伸ばして嬉しそうにしているので黙っておいた。

「あらー、刮さん、今日はお友達も連れてきてくれたのね。」

店のママらしき女が出てきて刮目に挨拶する。どうやら顔なじみになっているようである。

「…不沈艦。そんなに頻繁に来ているのか。」

少尉がジト目で尋ねると刮目は照れ隠しにガハハと大笑した。

「誤解するな。そこまで頻繁には来ておらん。」

「でも月曜から木曜まで皆勤賞よね。」

「お前…。」

少しかわいそうなものを見るような少尉の視線に耐え切れなくなり、刮目は反論した。

「違う、誤解するな。私が通うのは一人の少女を救うためだ。」

「はあ?」

「この店の真利亜という少女は病気の母親を養うためにこの店で働いているのだ。私は彼女たちが生活するための少しでも足しになればいいと思ってこの店に通っているだけだ。」

「さすがは刮目様です。」

「騙されているだけだろう。」

部下たちの賞賛の声に少尉は冷静にツッコミを入れた。そのすぐ後に女の子たちがやってきた。刮目が指名した真利亜という少女は実に豊満な胸元を強調したドレスを身につけており、どう見ても病気の母親を養っているようには見られなかった。まあ、本人が幸せならそれでいいか。少尉はため息をついて刮目を見た。完全に彼は鼻の下を伸ばしながら真利亜の胸元しか見ていなかった。




                 ◇




一時間ほどたった頃に少尉たちの部下と刮目達の部下の間で軽い口論が起こった。きっかけはたわいのないものだった。少尉と刮目、そのどちらが酒に強いか。それぞれが自分の大将を心酔しているからこそどちらも一歩も譲らず険悪な雰囲気になりかけていた。せっかくの親睦をぶち壊すなよと少尉は思いながら焼酎の水割りを飲みながら静観していたが刮目はそうではなかった。

「ぽっぽ屋よ。そういえば陸軍時代の決着がまだであったな。」

「やめとけよ。不沈艦のあだ名が撃墜艦になっちまうぜ。」

刮目の挑発めいた視線に少尉は挑発で返した。実際この二人は戦争中にしょっちゅう飲み比べをしていた仲なのである。数人で飲み比べを行うと必ず二人だけが最後まで残っているほどの酒豪だった。ついたあだ名が「西の鯨口、東の大虎」である。店の黒服に命じるとすぐさま特別なアルコールが用意された。ラベルには「ソウルフレア」と書かれていた。蒼龍王国ではめったに出回っていない北国の酒である。あまりにアルコール濃度が高いために火をつけると一気に燃える様から魂の炎と名付けられたと言われている。一気飲みすると昏倒者が続出する危ない酒だ。グラスに酒を注ぐと少尉と刮目は一気に煽った。喉の奥が焼けるようだった。

「ふはは、なかなか効くなあ。どうした、ぽっぽ屋よ、顔色が悪いぞ。」

「不沈艦、貴様こそ死相が見えるぞ。」

お互いを挑発しながら少尉と刮目はにらみ合う。まるで目から火花を散らすような激しい応酬の後に再び注がれた酒を一気に煽る。飲み干した瞬間にガツンとした衝撃を脳天に感じた。火花が目の前で散っている。

「おうふ、来るなあ。」

「くう…。まだまだ。」

首をフルフル振りながら少尉は刮目を見た。刮目もすでに焦点が合っていないようだった。

「ぽっぽ屋、やめておくなら今のうちだぞ。」

「ふははは、誰にものを言っているのだ。」

部下たちから歓声が上がる。実のところ、かなりアルコールが回っていたがお互いのプライドのためにやめるわけにはいかなかった。再度グラスに注がれた酒を二人は同時に煽った。

「フヒヒ…、ぽっぽ屋よ、いつの間に二人に分裂したのだ、卑怯ではないか。」

「不沈艦、貴様こそ三人にブレるのをやめろ、うっとおしい。」

すでにお互いの目の焦点が定かではない。意識がところどころ飛びそうになりながらもそれを堪えて二人は再度注がれた酒を飲み干した。




                   ◇




何度目の邂逅だろうか。すでに少尉は半分以上意識が飛んでおり、刮目も顔の色が赤から青に変わっていた。それでもお互いを支えたのはその高すぎるプライドであった。くらくらしながらも少尉と刮目は酒を煽った。一瞬、少尉の酒を飲むペースが落ちる。刮目はそれを見逃さなかった。

「ぬはは、勝ったあ!」

刮目は酒を一気に飲み干してグラスをテーブルに叩きつけたと同時に叫んだ。そして仰向けに倒れた。

「か、刮目様、しっかりしてください。」

どうやら完全に意識を失っているようであった。少尉は苦しそうに酒を飲み干した後に立ち上がって刮目を見下ろした。目を白黒させながらも彼は宣言した。

「最後まで意識を保っていた俺の勝ちだ、不沈艦。」

少尉の言葉に刮目の部下たちは悔し涙を流し、少尉の部下たちはかつてない歓声をあげた。こうして実に不毛な飲み比べは幕を閉じたのだった。



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