閑話休題 湯煙温泉奇行(4)
部屋に案内された少尉は再び絶句した。広い。広すぎる。豪華絢爛な襖を開けて案内された部屋の中は軽く見ても15畳ほどはあった。その上、部屋からは中庭が見えるようになっている。床の間にはこれまた調度品であろう高価そうな壺や掛け軸が飾られており、置いてあるだけで部屋の格式をさらに上げているように感じられた。
(高いんだろうなあ、あれも。)
万が一割ってしまった場合のリスクを考えると胃がキリキリと痛むのを感じた。コロや孤麗はともかくお約束に忠実なうちのドジ娘がいてはいつ割ってしまってもおかしくない。
「大露天風呂のほかにも部屋の中に内湯がございます。」
「本当に至れり尽くせりなんだな。」
くらくらと眩暈を感じながらも少尉はふと気づいた。コロが部屋にいるのは分かる。問題は孤麗とリムリィの女子二人がなぜ同じ部屋にいるのかということだ。ほかの乗員達は別の部屋に案内されているというのにこれは一体いかなることだろう。
「おい、どうして私たちが同じ部屋なんだ。」
「護衛なんですから当然でしょう。それに一緒に過ごしていた時はしょっちゅう同じ部屋にいたではないですか。」
「あの頃とはまったく違うだろう。」
孤麗の言葉に少尉は軽くため息をついた。さすがに間違いが起こるとは思えないがこの部屋の配置は非常によろしくない。そんな少尉の気持ちを知ってか知らずかコロとリムリィは物珍しそうに部屋の中を物色していた。
◇
「せっかくなので二人で露天風呂にいってきますね。」
荷物を置いて部屋でくつろいでいた少尉に孤麗はそう告げた。いつの間に着替えたのかすでに浴衣に着替えており、その手には手拭いを持っていた。
「ああ、今回はお前の休暇なんだからゆっくりしてこい。」
少尉はそういって座椅子に深々と座りながら手を振って送り出した。すでに机の上には何本か吸い終わった煙草が入った灰皿とお茶請けのお菓子の入っていた袋だけがくしゃくしゃに丸められて置かれていた。孤麗がリムリィを伴って出ていくのを確認した後に向かいの椅子に座っていたコロがおもむろに立ち上がった。
「さて、では僕も…」
「待て、どこへ行こうとしている。」
その視線に何か不穏なものを感じた少尉はそのまま出ていこうとするコロの襟首をむんずと掴んで問いただした。
「あー、えーと、その、ちょっと覗きに。」
コロは頭を嗅ぎながら悪びれずにそう言った。
「またそれか、この万年発情犬が。」
「だって孤麗さんってあんなに美人なんですよ。覗かないのは失礼に当たりますよ。」
「その発想がすでに失礼だとは思わないのか。」
「いえ、全然。少尉殿も一緒に参りませんか。なんなら伍長殿達も連れて皆で…。」
「駄目だと言っているだろう。」
やはり年頃の女子との相部屋は間違いだったのだ。年若いコロは欲望を節制する軍隊生活で欲求不満だ。だからこそ刺激が強すぎたのだろう。直球で欲望を満たそうとするその姿は若さゆえなのだろうか。大外刈りからの腕ひしぎ十字固めをコロに決めながら少尉は軽く眩暈を覚えた。昼でこんな調子だ。夜になったらこいつはどうなってしまうのか。そんなことを考えると先行きに不安を覚えたのだった。




