閑話休題 湯煙温泉奇行(3)
駅に着いた少尉たちは剛鉄から降りて街中を歩いて行った。なんとも趣のある街だった。山の麓にある宿場町で古くからの穏やかな雰囲気を醸し出していた。源泉が近くを流れているせいかほんのりと硫黄の香りがする。古くからの民家を街の景観に利用しているため非常に浪漫ある景色だった。大通りには観光客相手の土産物屋が数多く立ち並んでおり、見るものを楽しませる色とりどりの民芸品が並んでいた。風鈴のちりんちりんと鳴る音に釣られて少尉たちはふらりと立ち寄った。店の中は風鈴のほかにガラスの器や小物など数多くのガラス工芸品が立ち並んでいた。少尉はその中からひときわ目を引いた瑠璃色のグラスを手に取って眺めた。
「なかなか趣があるな。」
瑠璃色の光沢に一輪の白い花が咲いている装飾がされている。酒を入れればさぞや華やぐことだろう。
「この街は温泉だけでなくガラス工芸も有名だそうです。製作工程の見学もできるそうですから後で見にいきますか。」
「ほう、面白そうだな。」
コロの言葉に少尉は頷いた。基本的に少尉もコロも好奇心が非常に強いために見たことがない物には強く惹かれる。少尉の場合は食べ物の比重が偏るのだがコロの場合は技術的な興味が強い。その点では主従とはいえ好みが違うことが伺えた。もっとも主人の好みに似てしまった犬娘は自らの欲望に非常に忠実だった。
「少尉殿、あちらに美味しそうな串焼きのお店が。はわわわ、五平餅も売ってますよ。」
「是非もない。」
にやついたままですぐさま串焼きを買おうと歩き出した少尉の服の袖を孤麗がつまむ。
「どうした。」
「真兄さま。護衛なのに置いていくつもりですか。」
「勝手に来ればいいだろう。」
「じゃあ、勝手についていきます。」
何を言ってるんだという少尉の様子に孤麗は少しむくれながらも顔を赤くしながら嬉しそうについていった。
◇
ひとしきり土産物屋を堪能した少尉たちはその足で宿についた。道が入り組んでいなかったために迷うことはなかったが、地図に沿ってたどり着いた宿を目の前にして一行は言葉を失った。やばい、大きすぎる、少尉は宿の大きさと立派さに圧巻された。迎賓館のような豪華な装飾を施された旅館だった。一目見て安くはあるまいと認識した。
「いったいどのくらいかかったんだ。」
「えっと、確かこのくらいらしいです。」
孤麗から渡された請求書を見て目が飛び出そうになった。間違いでなければ後ろ二桁ほどゼロが多い。
「…列車の兵装が余裕で買える値段だぞ。」
いくらなんでもやりすぎだ。国費を使っていることを考えると流石に罪悪感が沸いてくる。自分たちの分だけでもキャンセルするべきか。そう思って背後の部下たちの様子をちらりと見ると凄く喜んでいる様子が伝わってきた。今更断るわけにもいかない。なんだか頭痛がしてきたが深くは考えないことにした。
◇
「いらっしゃいませー。」
宿に着くなり玄関で一列に整列した仲居たちに歓迎されて一行は言葉を失った。普段の安宿では絶対にされたことがない対応に若干の恐怖を感じながら少尉は顔をひきつらせた。
「孤麗様のご一行ですね。お荷物をお預かりします。」
「…どうも。」
若干の怯えを見せながら少尉は孤麗から預かっていた旅行鞄を手渡した。いつもと違う様子に気づいたコロが少尉に話しかける。
(どうされたんですか。お顔の色が優れないようですが。)
(どうもこういう金持ちの世界になれてなくてな。)
少尉はそういって貧乏が染みついている自分の性根を恥ずかしく思った。だが少尉がそう思うのも無理はなかった。なにせ仲居と共に玄関で少尉たちを迎えたのは超高級そうな金屏風であったからだ。そんなものを置いている時点で普通の宿ではない。早くも帰りたくなってきた。少尉はそんなことを思いながら孤麗達についていった。




