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閑話休題 湯煙温泉奇行(1)

今回は穏やかな物語です。箸休め的な気分でお楽しみください。

司狼大臣室と書かれた部屋の中で一人の男が作業を行っていた。天龍王である。彼は机に向かいながらひたすら書類の束と格闘していた。彼の机の上には膨大な数の書類の山が積み上げられていた。軍部からの報告書と備品購入見積もりや決裁書、行政部と司法部からの意見書など様々な書類の山がそれぞれに机の上を占拠しており、すべてに目を通すには一日以上かかるほどであると思われた。天龍王が書類をひたすら片付けていると部屋のドアがノックされて山ほどの書類の束を抱えた行政部の士官が現れる。

「こちらの書類にも決裁印をお願いします。」

「…そこ置いといてくれ。」

普段でも見せないような凄まじい殺気を放ったまま天龍王が指示を出す。だが、余裕がないせいか士官のほうは全く見ていなかった。殺気に耐えかねて思わず短い悲鳴を上げた後に士官はそそくさと部屋を出ていった。

「やりすぎだろ、これは。」

天龍王はあらためて目の前の書類の山を眺めた後に引きつった笑いを浮かべた。これらのすべて本来は司狼大臣である孤麗が目を通すべき書類である。孤麗の代理を引き受けて二日目というのに自分に変わったとたんにこのざまは何だというのか。

「孤麗、早く帰ってきてくれ。」

司狼大臣の大事さを噛みしめながら天龍王は一人呟いていた。




                  ◇




蟲使いとの戦いを終えて王都の復興の準備が始まった頃に孤麗は天龍王から一週間の休みを頂戴した。自分がいなくても大丈夫か非常に懸念事項であったが天龍王は自信を持って行ってくるように送り出してくれた。せっかく頂いた久しぶりの休みなので山奥の温泉で湯治をしようかという旨を天龍王に伝えたところ宿を押さえると共に列車つきの護衛までつけてくれた。護衛というのはむろん少尉達である。当初、天龍王は陸軍の腕利きに護衛を出そうかと考えた。だが旧陸軍の組織を解体しても今なお根強く残る犬耳への差別があるのではないかと配慮して少尉たちに依頼したわけである。もっとも報酬としては随分と高くついた。少尉に見返りがないと嫌だとごねられたために孤麗が泊まる高級宿に少尉の部隊が泊まる分の費用を出す羽目になったのだ。そんなわけで普段の任務とは違う緊張感のない中で孤麗達の湯治旅が始まった。




                ◇




「ええ!?司狼大臣とお知り合いなんですか!?」

機関室で少尉と話していたコロは驚いて少尉に問いただした。耳元で大声出しやがって、少尉は耳元を押さえながらそれに答える。

「龍のやつがまだ王として即位していない皇太子時代にいろいろあってな。」

そう言って昔を思い出していた。かつて上官殺しという罪を問われて軍事裁判にかけられそうになった少尉は間一髪のところを皇太子であった天龍王に救われた。そこからは天龍王の仲間として戦争が終わるまでの間に様々な事件を解決していったのだ。孤麗と出会ったのはその頃だった。天龍王の古い知己であった司狼族の隠れ里が旧王の率いる軍部によって襲撃された際に焼け残った村でただ一人生き残っていた少女。それが孤麗だった。当時は身寄りがいなくなって心に深い傷を負った彼女を労わって実の兄のように接したものだ。実際、自分を妹のように慕うようになった孤麗のことを少尉自身が憎からず思っていた。戦後にリムリィを拾ったのも奴隷商人になぶられる彼女に孤麗の面影が重なったからである。

「そういえばリムリィはどうしている。」

「孤麗さんと一緒にいるようです。この間に知り合ってから意気投合したらしいです。」

「あいつの相手はドジ娘にまかせるか。」

少尉はそう言って懐から煙草を取り出すと火をつけた。剛鉄はゆっくりと線路を走っていく。その頭上には雲一つない青空が広がっていた。




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