曇り時々晴れ ところにより蜂の雲(9)
爆発が終わって煙が晴れてくると蟲使いの姿が現れる。爆発の影響で片腕を吹き飛ばされた満身創痍の姿であった。蟲使いは憎々しげな表情で片腕を抑えながら叫んだ。
「腕がっ!僕の腕があああああ!!!!」
蜻蛉の上で激痛にのたうち回りながら蟲使いは身もだえる。涎と涙を垂れ流しにしながら嗚咽した後に憎しみのこもった視線をしたままゆっくりと顔をあげた。
「大切な僕の腕がっ!虫けらみたいな奴らにっ!許さないぞ、もう遊ぶのは終わりだ!殺してやる、皆殺しにしてやる!!」
血の涙をぼたぼたと流して自らの体の欠損を嘆きながら蟲使いはすぐさま行動を開始した。操蟲糸を接続した腕を力任せに振り回すとそれに反応した蜻蛉は括り付けていた女王蜂を同じように乱暴に振り落とした。直後、女王蜂は地面目がけて真っすぐに堕ちていく。何が起きたのか分からずに興奮したスズメバチ達が激しく空中を飛び回る。
「へへへ、おい、お前ら早く行けよ、大切な女王様が人間どもに殺されちまうぞ。」
泣き笑いを浮かべながら蟲使いは壮絶な笑みを浮かべた。
◇
付近のスズメバチをあらかた片付けて刮目と共に煙草を吸っていた少尉は上空で起こった爆発音を確認して上空を見上げた。何らかの異変が起きている。ただそれがなんなのかは分からない。
「なんだ。何が起きている?」
胸元にぶら下げていた双眼鏡を構えると少尉は上空の様子を確認した。しばらく眺めた後に何かに気づいた少尉は疲労でへたりこんでいる刮目を足で軽く小突くと伝える。
「おい、不沈艦。通信兵経由で作戦本部に伝えてくれ。何かが堕ちてくるとな。」
「何かだと。何だというのだ。」
「わからん。だが嫌な予感がする。」
こういう時の予感がたいてい当たるものだ、しかも悪い方向に。自分の直観を少尉は疑わなかった。直後に何かが遠くで地面に落ちた音が聞こえてくる。刮目達は音のしたほうに注意を払ったが少尉が注視したのはそちらではなく上空のスズメバチたちの様子だった。
「おいおいおい、やめてくれ、冗談だろ。」
「おい、なんだ、どうしたというんだ。」
何が起きているのか分からない刮目が少尉の様子が普通でないことに気づいて尋ねる。少尉はしばらく双眼鏡を眺め終えたあとで疲れた視線を刮目のほうに向けた。
「上空のスズメバチが一斉に地上に向かって降りてくる。」
「なんだと!」
へたりこんでいた刮目はその言葉に飛び起きた。先ほど襲ってきたのは群れとはいえ上空の蜂達に比べれば少数に過ぎない。それが一斉に降りてくるとなればどうなるか。少尉は引きつった笑みを浮かべてくわえていた煙草を投げ捨てた。緊張のせいかその頬から冷たい汗が流れるのを自覚した。そんな少尉の様子を側にいたコロも緊迫した面持ちで見つめる。
「くそったれが。おい、兵士たちに上空からの警戒を怠るなと伝えろ。」
そう言った後で少尉は「あー、一難去ってまた一難かよ。」と頭をぐしゃぐしゃとかいた。
◇
「待機していた空軍の出動要請をしてください。」
瞳を閉じたまま通信兵から連絡を聞き終えた孤麗は静かに瞳を開けて指示を出した。
「それからちはやの特務曹長殿に連絡を取ってください。剛鉄の緊急出動を要請します。」
「どうする気なんだ。」
「女王蜂ごとスズメバチを郊外に設置した所定のポイントにおびき寄せてから爆弾で一気に吹き飛ばします。」
「その所定のポイントってのはあらかじめ準備していたのか。」
「ええ、それが何か。」
「この事態も想定内だったというのか。」
「さあ、どうでしょうか。」
「この件が終わったら一度ゆっくりと話し合おうか、孤麗。」
眉間にしわを寄せて人差し指でそれを抑えながら天龍王が話しかける。
「司狼大臣の私になんでも投げすぎるからこんな事態に陥るんですよ、王よ。」
司狼大臣は天龍王のもとで軍部と行政を統括する役職だが激務であるのは否めない。実のところ孤麗だからこそこなせているだけで天龍王にそれを認識してほしかった。だからこそ今回の仕打ちをあえて行ったわけだ。若干の私情が混じっているようであったため、リムリィが天龍王に小声で尋ねる。
「孤麗さん、なんだか怒ってますよ。」
「ああ、なんでなんだろうな。見当がつかない。」
「働かせすぎたんじゃないですか。」
「あ~…」
言われてここ数週間を振り返ると確かに最近全く休みを与えてなかったことを思い出した。しばらく各地の混虫の対応に追われていたとはいえ20連勤くらいは平気でさせていたような気がする。天龍王はしばらく考えたあとでガス抜きが必要な孤麗に二泊三日程度の温泉旅行を与えるかと真剣に思案し始めた。




