曇り時々晴れ ところにより蜂の雲(8)
市街地のいたるところで兵士とスズメバチによる戦いが行なわれていた。そんな中で天龍王とリムリィだけは戦いに参加することなく大本営の作戦本部にいた。彼らは部屋の隅で所作ななさげにしながら慌ただしく動きまわる作戦本部の人間達の動きを見守っていた。というのも蜂の襲撃後にすぐさま前線に赴こうとする天龍王の首根っこを孤麗が掴んで「大将はどっしり構えているものです。」と引き留めたからだ。リムリィも孤麗に自分たちのやっていることを見て勉強していくように言われて見学していた。孤麗の前の長机には市街地の立体模型が置かれており、それを囲むように作戦参謀部の士官たちが真剣な表情をしながらのぞき込んでいた。その机の横の壁には大型の無線機が設置されており、各部署から報告が上がってくると通信兵たちがすぐさま士官達に報告していた。報告が上がると士官の手によって部隊や蜂の駒の地形配置がすぐさま動かされる流れである。
「Aブロック被害甚大!後方に撤退するとのことです。」
「Cブロック、複数のスズメバチにはさまれている、至急応援願うとの連絡です。」
孤麗は報告と模型の動きを聞きながら速やかに各所への指示を出していく。
「Aブロックは後方に下がる際にポイント34にスズメバチを誘導。ポイント通過と同時に設置した爆弾を起爆してください。それで奴らを食い止められます。CブロックへはDブロックの立花少佐の部隊を応援にいかせてください。彼らならば余裕があるはずです。」
指示を出した後に孤麗は何かに気づいて黙り込んだ。そして天龍王のほうへ振り向いた。
「どうやら複数のスズメバチを個別に操作できないようですね。一見バラバラに動いているようですが敵の動きに一定の法則があります。」
「どういうことだ。」
孤麗が何を理解したのか理解できずに天龍王は首を傾げた。
「この群れの動きを見てください。」
孤麗はそういって群れが移動する前のポイントを指し示した。
「蜂の群れはこの地点からこの地点までを一定の流れで動いています。ですが数匹ずつを各ポイントにばらけさせてから群れ自体は移動しているんです。おそらくばらけさせる際に何らかの命令を出したままなのでしょう。一度群れから離れた蜂達は瀕死にならない限りその地点から動くことはありません。女王蜂の脳髄を操るといっても働き蜂を自由自在には操れないということですね。」
「ちょっと待て、何か今変なことを言わなかったか。」
「変って何がですか。」
「女王蜂の脳髄を操るとかなんとか。まるで虫を操っている黒幕がいるみたいな言い方だな。」
「言ってませんでしたっけ。今回の敵は蟲使いですよ。」
しれっとそう言い放った孤麗の言葉に天龍王の口は絶句した。
「お前、敵がだれなのかあらかじめ分かっていたというのか!」
「ええ、軍の情報部を使って随分前から彼の動向を探らせていました。敵の組織までは把握することはできませんでしたが。」
何をいまさらといった様子の孤麗の言葉に流石の天龍王もうまく言葉が出てこないようだった。
「名前はもちろん年齢や所有する能力、そして山奥に隠れていたスズメバチの巣を襲って女王蜂を捕獲したことまで把握済みです。彼の中では奇襲のつもりでしょうがこちらからしてみれば完全に想定内の行動でした。とどめは陛下の龍眼による未来予知です。あれのおかげで襲撃の大まかな時期が把握できました。ありがとうございます。」
「俺に報告しようとは思わなかったのか。」
「王に申し上げればこちらから攻めると言いかねません。相手は非常に用心深い相手です。下手に刺激すれば討伐が困難になると判断して自重いたしました。」
「遠回しに俺のことを馬鹿っていってないか。」
「とんでもありません。天龍王様はこの国を納めるやんごとなきお方。そのような些事に構われる必要はないと判断しただけです。」
どういえばこの女を締め上げられるだろう、口をパクパクさせるしかなくなった王の姿を孤麗は冷静に眺めた。そんな二人の背後から通信兵の報告が聞こえてくる。
「Cブロックの応援に回った立花少佐から連絡です。傷を負った数匹の蜂が上空に撤退していくとのことです。」
「立花少佐に例のものを忘れないように伝えてください。」
「おい、孤麗、例のものってなんだ。」
天龍王の言葉に孤麗はあえて答えずに前を向いた。そして言い放った。
「司狼を敵に回したことを後悔させてあげましょう。」
「おい、俺の言うことを聞いているのか。こっちを向け。」
背後で騒ぎ立てる天龍王を無視しながら孤麗は冷ややかに笑った。
◇
上空で待機していた蟲使いの元に傷ついたスズメバチが数匹戻ってきた。ところどころに銃弾を受けて息も絶え絶えといった様子であった。死に至る前の帰巣本能で女王蜂の元に戻ってきたのだろう。
「なんだよ、死ぬまで戦って来いよ、根性なしが。」
そう言って舌打ちをした蟲使いだったが、蜂の体を見てぞっとした。蜂の体に無線起爆式の時限爆弾が設置してあったからだ。
「お前らっ!!」
蟲使いは即座に蜻蛉を操って逃げようと糸を動かそうとした。だがそれよりも早く爆弾は起爆した。次の瞬間に大爆発が起こった。




