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曇り時々晴れ ところにより蜂の雲(6)



                    ◇




王都より離れた山岳地帯の上空をその群体は飛行していた。黒雲かと見間違うほどの凄まじい数のスズメバチだった。それを率いるのは一匹の蜻蛉だった。蜻蛉の習性を知っている人間からすると異常な光景だった。その見た目と反して蜻蛉は獰猛だ。他の混虫と群れることはなく他の混虫を捕えて捕食する。音速で飛行して滑空する速度は他の飛行型の混虫を圧倒し、獰猛なスズメバチですらも時には餌食にする。そんな蜻蛉が獲物であるスズメバチを率いているのは本来でありえない異常な光景だった。そんな蜻蛉に蟲使いと呼ばれた白髪の少年が乗っていた。彼は指先から直接繋がる神経のような糸を蜻蛉の頭に連結していた。それは操蟲糸と呼ばれる彼の一族に伝わる異能であった。糸を刺された混虫はその意思に反して糸を刺した蟲使いの忠実な操り人形となる。だが背後から付いてくる蜂たちはけっして彼の支配を受けているような様子ではない。どころか隙があれば蜻蛉に襲い掛かろうとする個体がいるなど非常に気が立っているようであった。蜂の攻撃に蜻蛉を操ることで苦も無く避けながらも蟲使いは笑った。

「そんなに焦るなよ。もう少ししたらお目当てのものは返してやるからさ。黙ってついて来いよ。」

蜂に言葉が人間の言葉が通じるわけではないだろうが、彼はそう言った後に次に襲ってきた蜂の頭を無造作に掴むと紙でも握りつぶすような感覚で力任せに造作なく握りつぶした。くちゃりと頭を潰された蜂は痙攣したまま力なく絶命した。蟲使いはそれを苦も無く掴みながらもひとり呟いた。

「いけねえ、またやっちまった。加減が難しいな。」

まるで反省の色が見られない明るい口調でそう言い放ったあとで蟲使いは舌をちろりと出した。

「どうにも生体改造を受けてから力の加減ができなくなっちまった。こないだも拷問にかけようとした人間の首が簡単にねじ切れちまうし何とかならんもんかねえ。あれ、もう王都が見えてきたか。」

そう言って蟲使いは遥か下方に見えてきた王国の首都の姿を確認して残忍な笑みを浮かべた。そして蜻蛉の尻尾にくくりつけてある麻袋をちらりと見た。袋は弱々しくも蠢いており、中になんらかの生き物が入っていることが察知できた。

「さあ、血みどろの惨劇の始まりだ。」

これから起きることを想像してか蟲使いは心底楽しそうに笑った。




                   ◇




上空の異変に最初に気づいたのは一人の新兵だった。急に日が差さなくなったことを不審がってから彼は空を眺めた。普通の雲にしては黒い不審な雲が王都の上空に停滞していた。

「さっきまで晴れていたよな。」

「あれ、雲じゃない…」

「嘘だろう、あれは蜂の大群だ!!」

無慈悲な真実を知ってしまった人間が叫んだ。それはその場にいた人間達の恐怖をあおるのに十分だった。動揺と恐慌の波はすぐに周囲の部隊に伝染して迎撃を行なおうと指示を出す司令官を無視して少なくない兵士が持ち場を離れて逃げ出そうとした。だが彼らが逃げる前に黒い雲に思えたスズメバチの一部の群れが襲い掛かってきた。突然の奇襲に部隊は大混乱になった。



  

                    ◇




上空から下方の地獄を満足げに見つめながら蟲使いは笑った。彼の両手の指の先端にはそれぞれに操蟲糸が生えており糸の先は二匹の混虫の脳髄に繋がっていた。ひとつは彼が乗っている蜻蛉であり、もう一つは麻袋からはみ出たスズメバチの脳髄であった。その身体は通常のスズメバチよりも一回り大きい。蟲に詳しいものが見れば一目でそれが女王蜂だと分かっただろう。女王蜂はその脳髄に自らの子供である働き蜂達を自由に操る特殊な器官を持っている。蟲使いはそれを利用して働き蜂を自らの思い通りに操っていた。

「なんだ、やっぱり一般人は避難させてたのか。じゃあ兵隊さんで遊ぶしかないねえ。せいぜいすぐ死なないように楽しませてくれよ。」

まるでピアノを弾くような動作で彼はスズメバチを駆って人を襲わせる。糸が動くたびに女王蜂の頭がびくびくと痙攣する。舌なめずりしているその表情は恍惚としており、まるで玩具を使って無邪気に笑う子供のようであった。



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