曇り時々晴れ ところにより蜂の雲(5)
二人きりになると孤麗は静かにリムリィのほうを見た。何も言わないために緊張を隠せなくなったリムリィは愛想笑いを浮かべた。だが孤麗は無表情を崩さないままでリムリィをじっと見つめている。沈黙が重い。さすがにきつくなって尋ねた。
「あの、なにか。」
「ごめんなさい。こうやって見ると狸夢おばさんの面影があるものだから、つい見とれちゃって。」
「お母さんを知ってるんですか。」
思いも寄らなかった言葉を聞いてリムリィは心底驚いた。孤麗は懐かしそうに微笑んだあとに頷いた。
「幼いころによく面倒をみてもらったものよ。あの人が司狼族の里を捨てるまでは姉のように慕っていたわ。風の噂で人間との間に子供ができたと聞いてたけどそれが貴女なのね、リムリィ。」
「孤麗さんと私は同族なんですか。」
リムリィの質問に孤麗は静かに頷くと急須にお湯を入れてお茶を入れはじめた。
「少し渋めだけど大丈夫かしら。」
「あ、はい、ありがとうございます。」
そう言って差し出された湯飲みをリムリィは受け取って口をつけた。思ったより苦かったようで顔をしかめる。
「だから言ったでしょう。渋めだって。」
そんなリムリィの様子に目を細めながら孤麗は話を再開した。
「あなたが自分の種族のことをどのくらい知ってるのかは分からないけど説明しておくわね。私たち司狼族は遠い昔に人と交わって血を残してきた。ほかの孤狼族と違って先祖代々から人間寄りの姿をしているのはそのためよ。思い出してごらんなさい。あなたのお母さんだって今のあなたと同じような姿をしていたでしょう。」
言われてみれば確かにそうである。記憶の中にある母は確かに人間の姿に犬耳がついていた。
「司狼族はある一定の年齢になると異能に目覚めることになる。人間を越えた高い知能と思考加速能力、そして知識の吸収能力。完璧に目覚めてないあなたでも少しは身に覚えがあるんじゃないかしら。」
そう言われて確かに思い当たる節があった。蜂との戦いや百足との戦いでも命の危険を感じる時ほど頭の中は冷静沈着になり、自分の頭ではないかのように様々なことを考えることができた。
「異能を使いこなす司狼族は百の兵で千人の軍に勝てるほどの力を持つ。いわば一騎当千よ。それを恐れた大昔の権力者は司狼族狩りを行ったわ。だから私たちは隠れ里を作ってそこに移り住んだ。司狼族の力が悪用されないようにね。」
そこまで話したあとに孤麗は表情を暗くした。
「もっとも今は私とあなたの二人だけになってしまったけどね。」
「ふたりってどういうことですか。」
隠れ里があるのならばほかにも司狼族がいるのではないのか。そう尋ねようとする前に孤麗は首を横に振ったあとに答えた。
「司狼族を恐れた前王によって司狼族は滅ぼされたのよ。助かったのは天龍王様に助けられた私だけ。」
「…そんな。」
その時を思い出したのだろう。孤麗は静かに目をつぶったあとに一筋の涙を流した。その後に目を開けて両手でリムリィの手を握りしめた。
「リムリィちゃん。あなたと私はこの世でただ二人だけの司狼族なの。だから絶対に死んでは駄目だよ。ちゃんと生き残って好きな人と結婚して子供を作りなさい。子孫を残さないとダメ。」
そう言って孤麗は悲しそうに笑った。手のぬくもりを感じたままリムリィはどう答えるべきか分からずに阿呆のように頷くしかなかった。
◇
少尉とコロは執務室で待たされていた。
「遅い。遅すぎる。」
そう言いながら少尉は備え付けのソファにもふんぞりかえるような姿勢でくつろぎながら煙草を吸っていた。灰皿にはすでに何本も吸い終わった吸い殻が積み重ねられており、彼のストレスのほどがうかがい知れた。さらにテーブルに両足をのっけている姿はお世辞にも行儀がいいとは言えないものだった。コロはというと流石にそんな真似をするわけにはいかずに緊張したままソファの隅のほうで座っていた。
「コロ君や。煙草買ってきてくれ。」
「少尉殿、さすがにここまでだらけるのはまずいと思いますよ。」
「硬いこと言うなよ。ふああ、悪い、ちょっと寝るから龍のやつが戻ってきたら起こして…」
こんなところで寝ないでくださいよ、コロの心の叫びは少尉に届くことはなかった。




