曇り時々晴れ ところにより蜂の雲(4)
コロと少尉はその場に待たせて天龍王は廊下へ出た。慌ててリムリィもその後に続く。出ていく間際に「けして失礼のないように」とコロに言い含められていたためにガチガチに緊張していた。そんな彼女の様子に気づいて天龍王は苦笑した。
「そんなに固まるなよ、何も取って食おうなんて考えてないぜ。」
「はわわわわ、しかしですね。」
「たはは、まあいいか。」
天龍王は苦笑いした後に再び歩き出した。途中で何人かの軍人とすれ違う。いずれも天龍王に敬礼を行い、天龍王は手を振ってそれに答えた。どうしていいか分からずにリムリィは軽く会釈してその後に足早に続いていく。そんな彼女に刺さるのは侮蔑の入り混じった奇異の目だった。なんだか嫌な視線だな、そう思いながらリムリィは通り過ぎた。
「さっきの東雲とのやり取りを見ていただろ。」
急に声をかけられてリムリィは軽く頷く。
「お前たちが少尉殿と慕う真一郎は旧軍部の生き残り連中から本当に恨まれている。本来であれば戦争が終わった時に奴を俺の補佐として軍部の中枢に配置しておきたかったんだよ。それだけの才能を持った男だからな。だが東雲を筆頭とした軍の上層部の連中に大反対を喰らった。その時は自分の力のなさを痛感したよ。」
自らの力のなさを思い出してか天龍王は自嘲気味に笑った。その後で振り返って立ち止まるとリムリィの目を正面から見据えて真剣な表情になった。
「俺は先代の王によって築かれたくだらない権威主義と差別の風土をなくしていきたいと考えている。孤狼族が人間より劣るなんていうふざけた考え方など絶対に認めてたまるか。だからこそお前たち孤狼族と人間の血を引いた者たちが社会進出するための労力は惜しまないつもりだ。」
天龍王の言葉から真摯さと熱意が伝わってきた。感激してリムリィは涙ぐみそうになる。この人は、この指導者は自分たちのことを本当に真剣に考えてくれているのだ。
「真一郎からお前の生い立ちについても聞いている。すまなかった。俺たち王族の治世がしっかりしていなかったばかりに奴隷商人などというものを許していてしまったのだな。」
そういって天龍王はリムリィに頭を下げた。考えられないことだった。一国の王が自分のような犬耳に頭を下げるなどそれまでのリムリィの常識では考えられないことであった。恐れ多さと申し訳なさでリムリィはどうしていいか分からなくなった。
「お顔をあげてください!…本当にもったいないお言葉です。」
リムリィが慌てて促しても天龍王は頭をあげなかった。リムリィは申し訳ないやらどうしていいやらでパニックになった。旗目で見るとどちらが謝っているのか分からない。リムリィが途方に暮れたころにようやく天龍王はゆっくりと頭を上げる。
「俺が言いたかったのはそれだけだ。」
そう言って照れ臭そうに苦笑いした後に再びついてくるように促した。
「あとな、これからお前に会わせる人間はお前にとって非常に関わりのある存在になると思う。」
「どなたなんですか。」
不安そうに尋ねるリムリィに天龍王はなにげない様子で答える。
「孤麗。この国の司狼大臣だよ。」
そんな重要人物に会わせられるのか、再び緊張が襲ってきてリムリィは再び挙動不審になった。
◇
部屋に入ったリムリィを待っていたのは一人の少女であった。年のころはリムリィと同年代か少し上のように見受けられる。流れるような肩までかかる髪は銀髪というよりは白色に近い。目鼻立ちもはっきりしているが、それよりも特徴的なのはその耳だ。リムリィと同じ孤狼族の証である犬耳をしている。彼女は自己紹介もそこそこにリムリィを自分の前に立たせるとにらめっこするようにその顔をしばらく観察した。リムリィはというと緊張のあまり息をするのも忘れてしまっているようである。その顔は真っ赤だった。観察を終えた後に少女は無表情なまま天龍王のほうを向くと言った。
「思った以上に阿保面ですね。」
「容赦ないな、孤麗。」
一刀両断すぎる率直な感想に天龍王は苦笑した。リムリィはというとようやく孤麗からの視線から逃れられて息をし始めた。
「顔のことはどうでもいいんだ。俺が聞きたいのはそんなことじゃない。こいつはお前と同じなのか。」
「私がこんな阿保面をしているとでも。」
孤麗の言葉に天龍王はジト目になる。そんな主の表情をまったく気にすることなく彼女は続けた。
「冗談です。それについてお答えします。彼女は司狼であって司狼ではありません。」
「どういうことだ。」
ご説明いたしましょう、彼女はそう言って二人に席に座るように促すと自分も座った。促されるままに天龍王とリムリィも席につく。
「彼女は確かに私の一族である司狼族の血を引いています。そのアルビノの髪と瞳の色が何よりの証拠。それが一つ目の司狼であるという意味です。ですが彼女はまだ目覚めていません。これが二つ目の司狼でないという意味です。」
「よくわからねーが、お前の元で教育できないのか。」
「残念ながら司狼の知識とは覚えるものではありません。目覚めるものなのです。端的にいうと天龍王様の異能と近いイメージで考えていただければよろしいかと。」
そう言って孤麗はリムリィを見た。なんだか怖い視線だなと思いながら耐えられなくなってリムリィは思わず俯いた。
「私がこの力に目覚めたのも戦場の中でした。戦地での極限の状況が能力解放の一番の近道ですよ。現状の環境のままで覚醒を待つのが一番の近道かと思われます。」
「そうか…。」
狙い通りにいかないもんだな、天龍王はそう呟いて頭をかいた。
「少し彼女と二人にしていただいてもよろしいですか。」
孤麗の言葉に天龍王は頷くとその場から立ち去った。




