曇り時々晴れ ところにより蜂の雲(2)
王都にたどり着いた少尉はその足で中央にある軍の大本営の庁舎に向かった。天龍王直々の呼び出しがあったからである。その後を付いていくのはコロとリムリィだ。コロはいつも通りに護衛の任務で従い歩くのだがリムリィも連れてきているのには理由があった。彼女も連れてくるように言い含められていたからである。庁舎にたどり着くと門兵がじろりと少尉を睨みつけた。
「天龍王様に呼ばれている。通してもらうぞ。」
門兵は憎々しい視線を少尉にぶつけながら道を開けた。少尉は涼しい顔で門兵達の横を通り抜けていく。なんとも剣呑な雰囲気にリムリィが怯えながら後に付いていくと後ろのほうから吐き捨てるような呟きが聞こえてきた。
「裏切者が。どの面さげて戻ってきたんだ。」
聞きたくもない言葉を聞いてしまい、耳がピンと張り詰めてしまったリムリィは共に歩くコロに小声で尋ねる。
「あの人達はなんであんなに怒ってるんですか。」
リムリィの質問にコロはどう答えるべきか迷った表情を浮かべた。その代わりに答えたのは先頭を歩く少尉だった。
「仕方あるまい。旧軍部の生き残りからしてみれば私は大罪人の裏切り者だからな。」
「どういうことなんですか。」
「奴らの親玉を戦闘のどさくさで撃ち殺したのさ。」
少尉の意外な告白にリムリィは言葉を失った。少尉は歩みを止めずに話を続ける。
「旅順攻略の時の話さ。当時の私は最前線で戦う兵士の一人で奴は作戦本部の司令塔だった。奴の立てる作戦は最悪だった。最前線で戦う我々と狐狼族の侍達を人間の盾にして特攻しようとしたんだ。私がいた部隊はめでたく壊滅。頭にきた私はその足で奴の脳天をぶち抜いてやった。」
「少尉殿、ここでそういう話は。誰が聞いているとも限りません。」
コロが慌てて少尉の独白を止めようとしたが少尉は構わずに話し続ける。
「誰に気兼ねするというんだ。当時の戦場にいた兵士なら誰だって知っているさ。私がやったということはな。」
そう言って少尉は両手を高々と上げて辺りを見渡した。そしてリムリィとコロのほうへ振り返った。
「そんなわけだ。旧陸軍に属していた人間にとって私は裏切者であり、孤狼族にとっては恩人というわけさ。」
そんな理由があったなどとリムリィは知らなかった。今目にしているのは普段の傍若無人な少尉とは全く違う一面であった。少尉はリムリィが真っすぐに自分を見ていることに気づくと自嘲気味に目線をそらした。そんな彼の背後から大きな声がかかる。
「どの面を下げて戻ってきた。この恥知らずが。」
「そのいけ好かない声。東雲中将殿ではありませんか。」
一瞬にして鉄面皮の表情に戻ると少尉は振り返って声をかけてきた相手を睨みつけた。その視線の先にいたのは壮年の軍人であった。顔のいたるところに古傷がついており、その眼光は猛禽類を思わせる鋭さを持っていた。この男こそが陸軍最高幹部の一人である東雲昭道である。
「再び王都に足を踏み入れるとは。下賤の血を引いている人間は恥というものを知らないらしいな。」
「差別的な物言いをありがとうございます。私も陸軍が不甲斐なくなければこうやって戻ることはなかったのですが。下賤の人間の手を借りなければならないほどに陸軍はお困りのようですね。」
まったく遠慮のない少尉の毒舌に一瞬にして東雲の顔が赤くなる。
「貴様、死にたいのか。」
胸倉を掴まれながらも少尉は涼しい顔で答えた。
「殺せるものならやってみるがいい。」
「貴様。」
東雲が拳を振り上げると同時にコロも少尉を助けるべく走った。そんな二人の間に蒼い風が走りぬける。
「いい加減にしないか。お前たち。」
諍いを止めたのは天龍王だった。瞬時に二人の間に入り込んだ彼は片方の手で東雲の拳を受け止めて、もう片方の手でコロの抜こうとした刀の柄を抑えて抜刀を阻止していた。
「お前たちが戦うのは混虫だろう。それとも今すぐここで俺に殺されたいか。」
そう言って天龍王は殺気を放った。同時に窓ガラスに亀裂が走る。
「…申し訳ありません。王よ。」
「頭に血が上っていました。」
人外ともいえる天龍王の殺気は少尉と東雲の戦意を一瞬にして喪失させるに十分であった。二人が戦意を失ったことに満足した天龍王はにこやかに笑った。
おかげさまでPV累計4000を越えました。ありがとうございます。




