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曇り時々晴れ ところにより蜂の雲(1)

真っ暗な闇の中で異形が蠢いていた。不規則に揺らめく水色の炎とそれの背後に灯し出されるのはすでに失われた帝国の旗だった。旗を前にして複数の異形たちが集まっていた。人間や人間と混虫が混じり合った亜人間、そしてフードを被った正体不明の人間達だった。共通しているのは同様の軍服を着ていることだった。黒と赤を基調としたその軍服は見るものが見ればかつて世界征服を行おうとして滅んだ帝国のものであることを察知できただろう。彼らは中央の大理石の長机の上に置かれた巨大な水晶球に映し出された映像を注視していた。そこに映し出されるのは混虫とそれに贖う一車の列車の姿だった。

「蜂、百足、そして今回の大蜘蛛の撃退。見ての通りだ。奴の駆る列車は遠くない未来に我々の脅威となるだろう。」

「百足に至っては兵器として転用されているね。」

楽しそうに笑いながら少年が言う。奇妙な少年だった。老人のように真っ白な髪で鬼灯のような真っ赤な瞳をしている。兎のようだった。

「随分と楽しそうだな、蟲使い。」

不愉快そうに老人が尋ねる。

「そりゃあね。抵抗すればするほど楽しいもんじゃないか。」

「そういうものかね。」

老人がそう尋ねると少年は目をキラキラさせながらまくし立てた。

「決まってるじゃないか、短い命のきらめきの中で必死に生きようとする人間を捕まえて拷問する。そいつが抗えば抗うほど面白い。心の拠り所をへし折って、切ってちぎってすり下ろして、絶望と地獄を見せてやる。なあ、想像できるか、そいつが命乞いの時に何を言うか。」

「わからんな。」

「想像できないなら簡単だ。適当な人間をさらって手足の数本でも引き千切ってやればいい。想像しやすくなる反応をしてくれるぜ。」

思い出して恍惚とした表情で身震いしながら白髪の少年は答えた。彼は完璧に狂っていると言えた。狂人め。心の中で毒つきながら老人は軽くため息をついた後に尋ねる。

「女王蜂は捕まえたのか。」

「当の昔に終わっているよ。だいぶ弱っているけど使えるはずさ。なあ、次は僕に行かせてもらえるかい。」

そう言って蟲使いと呼ばれた男は残忍そうな笑みを浮かべた。




                 ◇




至急王都に戻るべし。緊急の電信を受けた剛鉄は最大戦速のまま王都に向かっていた。軍部からこういった命令が届く際はロクなことにならないことを少尉は知っていた。だからあまり気乗りしなかったのだが命令に逆らうわけにもいかない。

「宮仕えのつらいところよ。」

「物凄く嫌そうな顔してますね。」

「そう見えるか。だったらその通りだ。」

少尉はそう答えると口にくわえていた煙草を床に落とした後に踏み消した。

【少尉殿、できれば吸い殻は灰皿に入れてほしいんですが。】

「ああん?」

まるでそこいらのチンピラのような表情で中尉が凄むと剛鉄は黙り込んでしまった。少尉はちっと舌打ちした後に機関室から出ていった。コロは剛鉄を気の毒に思いながらも床に落ちた吸い殻を拾って備え付きの吸い殻入れに入れた。

「ごめんね。悪い人じゃないんだけど機嫌が悪いときはいつもああだからさ。」

【ありがとうございます。コロ殿は人格者ですね。】

そうでもないんだけど、そう言いながらコロは苦笑した後に機関室を出ていった。残された剛鉄は上司とのうまい付き合い方を思案しながら列車を走らせた。




               ◇




たどり着いた王都周辺はすでに厳戒態勢が取られていた。かなりの数の軍勢がすでに駐屯している。戦争でも起きるのか。双眼鏡で周囲を見渡しながら少尉はため息をついた。

「第13師団、あっちは第18師団か。ここまで戦車部隊が出ているとはな。まさかとは思うが王都周辺の警備部隊をすべて動員したか。」

少尉はなおも周囲を見渡していたがある事実に気づいてうめき声をあげた。

「げげっ、なんてこった。刮目の野郎までいやがる。そこまで切迫した状況なのか。」

「誰なんですか、刮目って。」

「王国軍の有名人だよ。不沈艦の刮目さん。奴のいる部隊は決して味方を勝利には導かないが必ず生還するといういわくつきの将校でな。戦術にも戦略にも明るくなくて武力の際もからきしの男だ。はっきり言えることは奴の率いる戦車部隊はとんでもなく弱いということだ。」

「そんな人がなんで呼ばれてるんですか。」

「猫の手でも借りたいということだろ。」

実際に先日の百足との戦いでも刮目さんは王都防衛の任務に就いている。所有する戦車は全て大破したが隊員達は一人も死ななかった戦果は死亡率が8割を超える混虫との戦いにおいて異様なものであった。

「ひどい戦いになるぞ。何が相手かは知らんがな。」

帰りたい、ひとりそう呟いた後に少尉は頭を抱えた。




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