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閑話休題 とある機関車の日常

私の名は牧村宗助。かつては王国陸軍の技術部に所属していた技術将校であったが、走行試験中の試作列車「剛鉄」を運転時に巨大昆虫である百足に襲われて命を落とした。その際に肉体は滅んだが魂だけは百足の「魔核」に宿った。魔核とは何かというと混虫の体を司る心臓のようなものだといえば理解していただけるだろうか。実際のところ、それが何なのか私自身も詳しく分かっていない。百足であった時の本能的な何かが教えてくれるのである。魔核に宿りはしたが私の魂と自我は百足のそれと混ざり合ったまま自我を失って暴走した。おそらくは家族の元に戻りたかったのだと思う。だが、自我を失って自らが何者かも分からなくなった私は行く手を遮るものを容赦なくなぎ倒していった。もしもそのまま王都にたどり着いていれば街を破壊しつくしていただろう。愛する家族の命を自らの手で奪っていたかもしれない。そう思うと今でもぞっとする。

私を止めてくれたのは少尉殿とコロ殿、そしてちはやの乗員達である。彼らは勇敢にも命の危機を顧みずに私を止めてくれた。実際、その時にどのような攻撃を受けたかははっきりとは覚えていないが、とても熱くて苦しかったことだけははっきりと覚えている。熱に弱かった百足の魂はその時に消滅して残された私の自我も戦いで傷ついた体の休息を求めて休眠した。休眠といってもそのまま起こされることがなければ永眠していただろう。死んでいると判断されてもおかしくはなかった。

次に私が目覚めたのは王都の地下にある研究施設の中であった。私を蘇らせたのは愛する家族の泣き叫ぶ声であった。まどろみの中にいた私は人間であった頃の私の死を悲しむ妻と子供たちの慟哭を聞くことで目覚めた。自我が混濁していないすっきりとした目覚めだった。生まれ変わったような気持であった。何を泣いているのだ、突然そう呼び掛けた私に妻や子供はもちろん軍の関係者たちも驚いていた。混乱する家族をなだめた後に私は謝った。このような体をさらして帰ってきて申し訳ない。私の言葉に妻は首を横に振った。どんな姿をしていてもあなたは私の夫なのだと。冷却水しかすでに流せない鋼鉄の体であり、自分の目がどこなのかもはっきり自覚していなかったが私は涙を流していた。私を家族に引き合わせてくれたのは「ちはや」の乗員であるリムリィという少女だと天龍王様は教えてくれた。家族と引き合わせてくれるきっかけを作ってくれたその少女と自分を止めてくれた少尉殿のためにこの命を捧げよう。私はその時に誓った。同時にそれが目の前にいる家族を守ることにも繋がる。そう自覚した後に私は少尉殿達の元に向かったのだ。




                 ◇




「ちはや」の乗員達が私に乗り換えてから数日が過ぎた。何日も過ぎれば乗員達の生活のリズムも分かってくる。まずこの列車の責任者である少尉殿。意外にも思われるだろうが彼の朝は早い。まだ薄暗い早朝に誰よりも早く起きると周辺の哨戒も兼ねて列車全体の様子を見回って歩く。夜通しの見張りなどには労いの言葉と夜の間に異常がなかったかの確認を行うことも忘れない。車内を見回っている間にコロ殿も起きてくる。流石に少尉殿よりは朝は早くないため毎度詫びを入れた後に二人で組み手を行う。純粋な剣術であればコロ殿に分があるが無手による格闘術では少尉殿に一日の長がある。組み打ち、打撃、蹴りによるけん制を一通り繰り返した後に少尉殿の一本背負いなどによりコロ殿が投げ飛ばされるのがいつもの流れだ。そしてその組打ち稽古を何度も行っているとリムリィ殿が起きてくる。確実にいえることは彼女がいつも眠そうだということだ。酷いときは寝ぼけて寝間着のままでやってくる。そんなだらしない様子を少尉殿が許すわけもなくリムリィ殿が顔を洗ってくるようにどやされるというのがいつもの朝の風景である。この人が今の自分の飼い主なのだと思うと少々複雑なものがある。まともなことを言うことも少しはあるのだが基本的にはリムリィ殿は注意が散漫のように思える。客車両のモップ掛けをしようとすれば水浸しにするし、客車の中で洗濯物を干したままで客を案内して唖然とさせることも多々ある。酷いときにはたくあんや干し柿、新巻鮭などもそこに干されるのだが、私自身に臭いがこびりつくので正直勘弁してほしい。見るに見かねた少尉殿が怒鳴り散らしてコロ殿のフォローが入るというのがいつもの風景であった。

実のところ私自身はそんな彼らの日常を眺めるのが非常に楽しかったりする。すでに人間としての体を失った今の私には最早そういった当たり前のやり取りができないからだ。なによりも素晴らしいのはリムリィ殿が私を兵器や化け物扱いしないことだ。飼うと言い出した時は抵抗があったが、彼女の接し方は私を一人の人間として扱ってくれるものだった。鉄や石炭を食べれば生活する養分が確保できる私に対して好き嫌いはいけないと差し出してくれた握り飯は本当に不器用な形をしていたが彼女の優しさを感じるものであった。味覚を感じることはもはやなかったが、心の奥底が暖かくなるような気持にさせられた。

私が彼女たちにできることは戦いで受けた恩を返すことだ。この身がどうなろうともこの部隊の仲間たちを守る。私はそう決意している。








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