虎狼と剣狼(9)【終】
◇
「…つまり貴様は百足の体に牧村宗助の魂が宿った戦闘車両だというのだな。」
左手をかざした状態で少尉は剛鉄に尋ねた。左手をかざしているのには理由がある。左手を降ろせばすぐにでも一斉射撃を行う、そういった意思表示だ。
【信じてもらえないでしょうか。】
その巨体からは想像できないような気の弱そうな震え声で剛鉄が話しかける。どうやら魂の持ち主である牧村の元々の気の弱さが性格に現れているようであった。剛鉄の視点から見れば複数の銃口を向けられて怯えているだけなのだが、少尉たちからしてみればいつ暴れ出すかも分からない化物列車に過ぎない。警戒して当然と言えた。しばしのにらみ合いの沈黙を破ったのは意外にも後ろにいたリムリィだった。彼女は剛鉄と少尉の間に立つと両手を広げて剛鉄をかばう姿勢を取った。
「しょーいどの。剛鉄さんは私を助けてくれたんです。悪い列車さんではありません。」
リムリィの言葉に少尉は引きつった笑いを浮かべながら答える。
「お前な。今は大丈夫かもしれんがいつ暴れ出すとも分からないんだぞ。」
【百足の魂は少尉殿に倒された時に消え去りました。大丈夫です。】
「剛鉄さんもこう言っています。」
「我々を騙しているだけかもしれんぞ。」
リムリィの言葉に少尉は半信半疑だった。殺気さえ放っているような殺伐とした状況であったが、それでもリムリィは食い下がらなかった。
「しょーいどの、どうか。どうかーー」
こいつ、こんなに面倒な性格だったか。詰め寄るリムリィを振り払えずに少尉は顔をしかめた。「どうか」だと。何を願い出るつもりだ。その次の言葉如何によっては怒鳴り散らしてやろう。少尉は心の中で決意した。だが、リムリィの陳情は少尉の予想の少し斜め上をいくものであった。
「剛鉄さんを飼わせてください。」
その言葉に少尉は呆然となった。飼う、飼うだと。犬や猫じゃあるまいし。何を言っているんだ、このバカ娘は。呆然となったのは少尉だけではなかったようだ。剛鉄は叫びの代わりに「ポーーー!」と警笛を鳴らすと猛然と抗議した。
【リムリィ殿!私は犬猫ではありません、飼うというのは非常に不本意です、訂正してください!】
そんな剛鉄の抗議をリムリィは当たり前のように受け流した。彼女は剛鉄から背を向けたまま真剣な表情で少尉に陳情を続けた。
「ちゃんと面倒見ます。散歩にも毎日連れていきますから。」
【人の話聞いてます!?】
抗議の代わりに煙をもくもくと噴きながら剛鉄が講義するとリムリィは剛鉄のほうに振り返って叱責した。
「今大事な話をしているんだから黙っていて。」
【私にとっても大事な話なんですよ、リムリィ殿―――!】
地団太を踏む機関車という世にも珍しいものを見せられて少尉は俯いた。どうやら笑いの琴線に触れたようである。込み上げてきた笑いをこらえきれずに少尉は大声で笑い出した。
「ぶあっははははははは。飼う、飼うだと、こいつをか。ひいははは、馬鹿だ馬鹿だと思っていたがここまでとは。あーはっはっは、駄目だ、腹が苦しい。」
涙を浮かべながら腹を抱えて笑い続ける少尉にリムリィは目を丸くした。どうやら自分は馬鹿にされていることを察知したリムリィは顔を真っ赤にしながらむくれた。少尉はひとしきり笑った後に目に浮かべた涙を拭いながら謝罪した。
「参った、私の負けだ。剛鉄の面倒はお前にまかせよう。悪い奴ではなさそうだからな。」
少尉の言葉にリムリィはほっと胸を撫でおろした。
「よかったねえ、剛鉄さん。」
【ありがとうございます。少しそこの草むらで泣きに行っていいですか。】
あくまで犬と同じ扱いなのが空しくなって剛鉄は肩を落とした。だが、一見して列車にしか見えない彼の仕草に気づいたものはいなかった。
◇
少尉たちはすみやかに「ちはや」の資材を剛鉄に移すと乗り換えた。ちはやの回収は軍部に頼むしかない。親蜘蛛は倒したがいつまた追手が来ないとも限らない。素早くこの場を去ることが先決だという判断だった。乗員全てが乗り終えたことを確認した剛鉄はその足跡を消す意味も込めて地中に潜航した。剛鉄が去った後に暫く経った後に一人の男がやってきた。剣狼である。砲弾を受けたとは思えない軽傷で彼はその場にやってくるとイヌ科の嗅覚を使って少尉たちの足跡を拾おうとした。
「…ちっ、匂いが消えてやがる。」
口惜しそうにそう呟くと周囲を見渡した。横転した列車と親蜘蛛の死骸、そして何か巨大なものが通っていったような大穴が地面に開いている。
「どういう状況だ。王国の新兵器だとでもいうのか。」
地中を潜る車両などの話は聞いていない。
「あのクソ爺、そんなものがあるならばあらかじめ教えておきやがれ。」
剣狼はそう言って唾を吐くと親蜘蛛の死骸に近づいていった。
「まあ、こいつが死んでいるのだけは収穫だったな。」
そう言って太刀を振り下ろして蜘蛛の腸を掻っ捌くと体内を探っていく。体液まみれになりながら何かを探しているようだった。やがて何らかの手ごたえを感じて剣狼は左手を引き抜いた。その手に握っているのは鳴動する紫の宝石であった。
「この魔核あれば俺も魔将校の一人だ。」
そう言った後で宝石を丸のみにする。直後、剣狼の全身が脈動する。魔核を中心として身体が異質なものに変質していくのを感じた。身体が燃えたぎるように熱い。あふれ出る禍々しい力を全身で感じながら剣狼は絶叫した。それは狼の遠吠えのように周囲に響き渡った。




