虎狼と剣狼(5)
その頃、軍の研究組織で王国の最高権力者である天龍王の立ち合いの元で一つの試験が行なわれていた。先日、王都への暴走事件で大破した剛鉄の再起動である。実験が行われていたのには訳がある。研究や検証を行った結果、剛鉄は確かに活動を停止したのだが、死に至ったわけではなくあくまで休眠していたことがわかったからだ。きっかけになった出来事は百足の犠牲となった牧村宗助の遺族に剛鉄を引き合わせたことだ。当初、天龍王は遺族に剛鉄を引き合わせるつもりなどなかった。だが一人の少女の進言により考えを改めた。それはリムリィだった。彼女は牧村宗助の遺品である木彫りの人形を遺族に渡しに行った。その際の邂逅で遺族は牧村が最後まで心血を注いだ剛鉄を一目見て別れを告げたい旨を知り、天龍王に報告したのだ。剛鉄はすでに軍部の機密事項ではあったが遺族の心情を思いやると承諾するべきと判断した。
想定外だったのは遺族と剛鉄を引き合わせた際に驚くべき変化が起きたことだ。死んだはずの剛鉄が再起動し、さらには虫に喰われたはずの牧村宗助の自我が完全な形で目覚めたのだ。彼とのやり取りで分かったことは百足の魂はすでに死に至っていたが牧村宗助の魂は虫の核であるコアクリスタルの中で生きていたことであった。明確な自我が芽生えた牧村は天龍王に告げた。『家族の安全を守るために剛鉄として王国軍に貢献したい。』天龍王は予想外の事態に当初は驚きを隠せなかったが、熟考ののちに周囲の反対を押し切って快諾した。登用すべき人材は人種、年齢を問わず。それが彼の信条であったからだ。さらに牧村宗助は願い出た。自分の暴走を止めてくれた少尉と、自分を家族と引き合わせてくれたリムリィのために働きたいと。人間の自我を持った混虫兵器の誕生だった。そこから剛鉄の改修が始まった。出来うる限りの武装と装甲の追加、そして弱点であった熱の対策が技術開発主任であるこはねの元で行われた。こうしていくつかの追加装備を配備された剛鉄は生まれ変わった。
再起動実験の最中でベルゼベードの生存の報告を受けたのはいいタイミングであった。少尉からの電話に「とっておきの増援を送ってやる。」と告げて電話を切った後で天龍王は剛鉄に尋ねた。
「行けるか。」
【まかせてください。すぐに出発します。】
剛鉄はそう言うと体を奮い立たせると地中に潜っていった。目を丸くしたのは天龍王とこはね、そして研究機関の人間達である。
「ば、ばかやろう。屋内でいきなり地中潜行していくんじゃねえ…」
「あけた穴塞がないと。」
天龍王達は剛鉄が開けていった大穴を眺めながら呆然とするしかなかった。
◇
「ちはや」は追手から逃げて走っていた。後から追ってくるのは1台の列車であった。異形の列車だった。外装に人間の体ほどある蜘蛛がびっしりと取りついて蠢いているのだ。
「コロ、お友達が遊びにきたぞ。」
「嫌な友達ですね。」
おそらくは虫に乗っ取られたのだろう。運転手には気の毒だが容赦はしない。少尉が命じた後に「ちはや」の乗員による砲撃が始まった。走っている的に正確に当てることは困難であったが、威嚇射撃には充分である。何発か撃った後に命中したがすぐに蜘蛛にわらわらと張り付いて欠損した外装を補っていく。
「きりがないな。」
少尉はそう言って榴弾砲での射撃を行うように命令した。榴弾砲は元々は「ちはや」に実装されていない装備であったが、先日の百足との戦いの後に追加された兵装である。かねてより使用されていた主砲であるカノン砲と比べると短射程であるがコンパクトで、高仰角の射撃を行える。熱に弱いタイプの混虫に対して着弾時に火災を狙えるのも利点のひとつだった。榴弾砲を何発か放った後に蜘蛛列車に着弾すると火が付き始めた。だが、すぐに火が掻き消える。火が付いた箇所の蜘蛛たちがわらわらと列車から離れていったからである。
「あんなのありか。」
「少尉殿、気のせいですかね。あの列車、、前より一回り大きくなってませんか。」
「冗談だろ。」
少尉はコロの言葉を真に受けたくなかったが、実のところでそれは事実だった。列車を追って集まった蜘蛛がどんどん張り付いているのだ。夥しい数の蜘蛛が列車に集結しつつあった。




