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虎狼と剣狼(2)

その日の晩は少尉の音頭取りによってささやかな宴が行なわれた。乗員達の日頃の労をねぎらうためである。新鮮な海鮮類と地酒に「ちはや」の乗員達は舌鼓を打ち、お互いの親睦を高めていった。宴が終わった後に夜の街に繰り出すものも多く、それぞれが街の夜を楽しんだ。冒頭でコロが昔を思い出したのはその日の夜のことだ。

そして次の日になってからも少尉たちは街の観光を楽しみ、夜を迎えた。事が起こったのはその日の夜だ。少尉に酒の肴を買ってくるように頼まれたコロは宿から出てから夜道を歩きだした。人気がない月夜の道を歩いているとふいに殺気を感じて身を翻した。直後、斬撃が来た。瞬時に抜刀してそれを受ける。少しでも反応が遅れていればその首と胴体は離れていただろう。コロでなければ反応できない一刀だった。一太刀を受けきった後にコロはすぐに距離を取った後で相手を睨みつけた。

「何者だ。」

抜き身の白刃をちらつかせるのはボロボロの外套を被った男だった。すっぽりと顔を覆っているためにその表情を伺うことはできない。だが、視線だけは殺気でぎらついていることがうかがい知れた。

「言葉が通じないわけではあるまい。」

そう言ってコロが間合いを詰めようと一歩踏み出した。瞬間、男は襲い掛かってきた。大上段から裂帛の気合を帯びて振り下ろされてきた一刀をコロはあやうく受けそこねかける。男の一撃があまりに速く重かったからだ。尋常ならざる力だった。なんとか受け流すことで避けることに成功したコロに対して男がけらけらと嗤う。

「平和ボケとしか言いようがないなあ。おい。」

男はそう言いながら二の太刀、三の太刀と斬撃を加えていく。嵐のような乱撃だった。完全に受けきれずにコロの体のあちこちに無数の傷が増えていく。

「首輪をつけられて牙を失ったか。とらぁ。」

「その呼び方、まさかお前は…」

鍔迫り合いの後で強烈な荒い息をしながらコロは相手を睨んだ。信じられなかった。自身の虎狼という名の頭文字を取った「とら」というあだ名で呼ぶものに一人しか心当たりがなかったからだ。

「お前は死んだはずだ。剣狼。」

コロが名前を呼んだ瞬間に男は顔を覆った外套をめくりあげた。鬼灯のように真っ赤な目が特徴の黒い狼頭が姿を現す。眉間の×の字のような十字の刀傷が特徴的だった。犬歯をむきだしにした口からは涎を溢れさせたまま、狼男は憎々しげにコロを睨みつけて答えた。

「死んださ。死んで地獄から戻ってきたのさ。あいつらに復讐するためにな。」

そういって外套を外した剣狼の姿を見てコロは言葉を失った。剣狼の体の半分が混虫のような何かに侵食されていたからだ。混虫のような何かは剣狼の意志とは無関係に一定のリズムで不気味な鳴動を繰り返している。

「今の俺はこの子蜘蛛によって生かされているようなもんだ。」

「なんてことを。虫に魂を売ったのか。」

人外に堕ちたかつての知己を前にしてコロは衝撃を隠せなかった。

「忌まわしいだろう。だが悪いことばかりじゃない。」

そう言って剣狼は大地を蹴って疾走した。コロは目を見張った。おおよそ人のできる動きではなかったからだ。弾丸のように真正面から迫ってきた剣狼をかろうじて避けると剣狼は石壁に真正面にぶつかった。そのまま石壁が粉々に破壊される。

「はは、うまくよけやがったな。」

まったく動きが見えなかった。しかも石壁を破壊しただと。どういう頑丈さだ。石壁にぶつかってもまったく効いていない剣狼の姿にコロは戦慄した。


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