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曇り時々豪雨ところにより蛾(2)

「ちょっと、少尉さん、ここは火気厳禁ですよ。」

煙草の火に気づいて慌てて近づいてきたのは少尉より背の小さな少女だった。おそらく整備員なのであろう。小さすぎてサイズがあっていないのか、その背格好に不似合いなぶかぶかのツナギを着て頭には深々と作業帽を被っていた。

「子供を働かせているのか。人手不足なのだな。」

「子供って言わないでください。こう見えて私は18歳です。」

随分童顔だな、そう挑発しようとして少尉は自重した。30cmはあるだろうか。彼女の手に不似合いなほど大きなスパナを握られていたからだ。怒ってあれで殴られてはたまらない。少尉は冷静に相手の戦力を分析した。

「いくら英雄殿だからってここではルールを守ってます。」

少女はそう言って少尉の口から煙草を奪い取ると火を消した。

「君は私を知っているのか。」

「孤狼族の間では有名ですからね、貴方は。」

彼女はそう言って作業帽を取った。その頭上にはぴょこんと犬科の動物の耳が生えていた。少尉があっけに取られた。彼女はその表情に苦笑いすると帽子を元に戻した。

「私の父も旅順に参加していました。」

「失礼だがお父上は健在か。」

少尉の質問に少女は首を横に振った。そうか、と少尉は帽子の鍔を深めに降ろした。

「ですが、貴方のおかげで多くの弧狼族は助かりました。」

「結果論だよ。それは。」

少尉の脳裏にあの時の戦いが浮かんだ。愚劣極まりない作戦立案のせいで敵も味方も大勢死んだ。大勢の前途ある弧狼族の若者たちは味方であるはずの人間の命令によりその若い命を散らしていった。それが我慢できなかっただけだ。自分は彼らの屍を乗り越えて今日を過ごしている。

「自分は英雄などではないよ。」

少尉の言葉に少女は首を傾げる。そんな少女に少尉は自嘲気味に続ける。

「英雄がいるとすれば死んでいった彼らだ。」

少女はそれを聞いて目に涙を浮かべたまま言った。

「母が話してくれた通りの方ですね。やっぱりあなたは英雄です。」




                  ◇




別れ際に彼女は自分の名前と階級を告げた。少女の名は「こはね」。名は正しくは「孤羽根」と書く。コロに説明されて驚いたことだが、かなりの有名人だった。孤狼族の父親と人間の母親の二人から生まれた彼女は幼いころから神童といわれるほど頭脳明晰であった。飛び級で入学した王国の名門理工大学を首席で合格。得意分野である兵器の保守保全や技術開発者としての道を辿るために陸軍に入隊した。陸軍でもその才覚を発揮。他の技術者からも一目置かれるようになってその存在は国の統率者にして軍の最高指導者でもある天龍王も知ることになった。今回はその手腕を買われて今回の240mm列車砲の全面的な修理をまかされている。才能があるとはいえ10代後半の少女、しかも犬耳がそれほど重要な仕事を任されるなど以前の陸軍であれば考えられないほど異例の抜擢である。才能があるものは人種、年齢を問わず登用する。現在の指導者である天龍王の色に染まっているからこその人選であった。

「少尉殿が知らないとは驚きでした。」

「人の噂には興味なくてな。」

「ああ、もともと人嫌いですもんね。」

少尉とコロは少し遠目からこはねが率いる240mm列車砲の修理の様子を眺めていた。非常にてきぱきと指示を出している上に全体を把握している。少尉の目から見ても無駄がないものに見えた。神童の名は伊達ではなさそうだ。

「うちのとはえらい違いだな。」

「あの子はあの子なりによくやってますよ。」

また何かしでかしてないだろうか。「ちはや」で留守番をしているリムリィの顔を思い出しながらコロと少尉は苦笑いした。


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