白虎を継ぐもの(6)
それからリムリィは別人のようにしっかりと働くようになった。前までは料理をやらせれば鍋は壊すわ皿を割るわ、集団腹痛事件は起こさせるわと散々であったが、その日に彼女が作った食事は黒こげの物などとは全く違う、本当に美味しいものであった。少尉自身が感心のあまりにどうやってこれを作ったのか聞いたくらいである。
彼女の変化はそれに止まらなかった。伝令をやればしっかり働くし、街に使いに出せば言われた通りの品を買ってくる。あまりの彼女の変化に驚いたコロなどは彼女の働きぶりを見た瞬間に食べていたおにぎりをぽとりと床に落としてショックを受けて寝込んだくらいである。無理もない。今までさんざん教育したにも関わらず、成長が見られなかった妹分が今になって生まれ変わったように働き出したのである。コロにしてみればこれまでの教育は何だったんだろうという思いがあったに違いない。
コロ以外の部隊の仲間達もリムリィの様子を感心するのではなく気味悪く感じると少尉に言ってくるようになった。これまでそのドジによって部隊の仲間を和ませていたマスコットの変化に戸惑いを覚えてしまっているのである。部隊の仲間たちの仲介役である伍長などは少尉に彼女は何か悪いキノコでも食べて幻覚でも見ているのではないかという始末である。幻覚キノコを食べて真面になるなら幾らでも食わせるわい。苦笑いして返答しながらも流石の少尉もこれには裏があるなと気づき始めていた。幾らなんでも目に余るくらいの変わりようである。
通常任務の途中停車駅にたどり着こうという時に剛鉄の背後からエンジンの轟音と土煙が上がってきた。それは一台のバイクであった。そしてそれを駆るのは全身を黒の革の戦闘服を身に纏った剣狼である。彼は首に真っ赤なマフラーをして目には土煙が入らないためのゴーグルをつけていた。その様は剣士というよりはライダーであった。彼は走る剛鉄の近くに車体を寄せるとバイクから剛鉄に飛び乗った。乗り手から離れたバイクは転ぶでもなくそのまま自走して剛鉄から離れていった。
少尉はそれを見て思った。なにあれ、超ほしいぞ。双眼鏡まで使ってバイクの行方を追う少尉に対して車内に乗り込んできた剣狼は苦笑した。
「うちの疾風に随分ご執心だな。」
「疾風というのか、あのオートバイクは。どうして自走できるんだ。一体どうなっている。」
「ああ、なんかよく分かんねえが、あいつは生き物なんだよ。俺のコアクリスタルと同様のもので動いている。」
「混虫兵器というやつか。…なあ、剣狼。物は相談だが…」
「駄目だ、あいつは親友なんだ。いくらあんたの頼みとはいえ絶対にやらねえぞ。」
「まだ何も言ってないじゃないか。」
剣狼の拒絶に少尉は口を尖らせた。普段は真面目にしているが、実は少尉は大のオートバイク好きである。風を切って走るバイクは男の浪漫である。もっとも今は戦闘列車の操縦を任されているためにバイクを購入することはできないが、何かのトラブルがあった場合のために小回りが利くバイクを車内に装備しておくことも視野に入れたいと常々陳情している。
もっともその陳情が通らないので剣狼のバイクが羨ましいのである。なおも食い下がろうとする少尉をうっとおしそうに追い払うと剣狼はため息をついた。
「全く。力の制御が効いてねえって困っていると聞いて慌ててきてみれば何を言い出すのやら。」
「ここに来たということは何か制御方法が見つかったのか。」
「ああ、白金山の大神仙人ってやつに会いにいけと天龍王様からの伝言だ。」
「大神仙人?」
少尉の記憶が確かならばコロに白虎化の修行をつけてくれた人が確かその名であったはずだ。コロが実際に会うまでは伝説上の存在だと思っていたが、まさか自分まで会いに行けと言われるとは思っておらずに少尉は困惑した。
そんな少尉の様子に苦笑しながらも剣狼はふと自分が立っている床の様子がいつもと違うことに気づいた。まるで鏡のようにピカピカに磨かれているのである。変に思って尋ねてみた。
「なあ、最近、床の改装ってやったのか。」
「ああ、それな。別に改装したわけじゃない。掃除の仕方が違うだけだ。」
そう言って少尉は剣狼の背後を指さした。剣狼は絶句した。リムリィが達人じみた振る舞いで床をモップで磨いていたからである。その所作は掃除とはいえ玄人のもので普段はわわわ言っている犬耳娘からは想像もできないものであった。
「悪いもんでも食べたのか、あいつは。」
「伍長もお前も酷いな。」
「いや、だってよ。幾らなんでもあれはおかしいだろう。」
「そうだろうな。あの変化に頭がついていかなかったコロなんかは寝込んでいるよ。」
少尉の言葉に剣狼は苦笑いを浮かべた。




