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白虎を継ぐもの(5)


「あのぉ、ちょっといいですか。」


二人の英霊が流れゆく空を眺めていると突然背後から声がかかった。びっくりして振り返るとそこにいたのは先ほどのリムリィだった。なんて間の悪い奴なんだ。孤凜は泣いていたことを悟られたくなくて慌てて涙を拭った。そんな彼女を庇うようにして白狐はリムリィの前に立ち塞がる。


『リムリィちゃんだっけ。何の用かな。』

「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんですけど。二人の会話が聞こえてきてしまして。」


普通の人間ならば聞こえないだろうと失念していた白狐は頭をかいた。同時に見鬼というのは本当に厄介な存在なのだなと理解した。こうしてこの娘と話をしていると自分が死んでいないのではないかという錯覚に襲われる。

急にやってきたリムリィに孤凜は怒鳴った。


『あんた、なんで来たんだよ。』

「え、あの、それはですね。」

『愚図っ!間延びした口調しやがって。あんたみたいな子を見てるとイライラしてくるんだよ。』

『おい、孤凜。ピリピリしすぎだよ。』


頭ごなしに怒鳴るのは流石に酷かろうと白孤は助け舟を出した。怒る孤凜の気持ちが痛いほど分かるのだが、もう少しだけ大人になれとも内心では思った。リムリィは孤凜の剣幕に若干怯みながらも反論した。


「孤凜さんが心配だったんです。」

『なんだって。』


憐みのつもりか。殺気を放って腰の刀に手をかけようとする孤凜に流石に白孤は焦った。これ以上接触させるのはまずい。そう思って孤凜の腕を掴んでその場から離れようとした。だが、次の瞬間にリムリィが語りだしたのは意外な言葉だった。


「少尉殿は今でも孤凜さんの写真が入ったペンダントを身に付えているんです。」


その言葉に孤凜は目を見開いた。同時に全身から殺気が消えていく。すっかり毒気を抜かれた孤凜に対してリムリィは続ける。


「幼い頃に奴隷商からこの部隊に拾ってもらった私はずっと少尉殿を父親のように慕ってきました。厳しい方ですが、それでもとても人間らしい一面も持っています。前に一度だけ孤凜さんの写真を見せてもらったことがあります。誰なんですかと聞いたら、少尉殿はとても遠い目をしながら一番大事だった人だと教えてくれました。」


その言葉を聞いた孤凜の頬から一筋の涙が流れた。リムリィはそんな孤凜がかわいそうだと思いながら続ける。


「一緒にいるのに触れることもできないのって凄く悲しいことだと思います。私もその気持ちは痛いほど分かるから。」

「…あんた。」


そこまで聞いて孤凜は完全にリムリィに対する見方が間違っていることに気づいた。あざとい態度で少尉殿の興味を引くずる賢い女と思っていたが、この子は普通にいい子じゃないか。しかも気持ちを共感できるということはこの子もあの人のことを。


「だから孤凜さんの力になりたいんです。

『力になるって言ってもあんたに何ができるんだい。』


口では何とでも言える。鼻で笑う孤凜にリムリィは驚くべき提案をしてきた。


「少しの間だけ私の身体を貸します。そうすれば心置きなく少尉殿とデートできますよ。」


リムリィの言葉に孤凜は絶句した。そして対応に困って白孤の方を見た。白孤もそんな提案が出てくるとは思いもしなかったようで唖然とした表情をしていた。二人の戸惑いを察知しながらもリムリィは躊躇いがちに微笑んだ。




              ◆◇◆◇ 




その身に宿る孤狼族の力を暴走させないように感情をコントロールしながら少尉は剛鉄の車内を巡回していた。ひとしきり乗員たちの健康状態の確認を終えた後に先ほどの客車両に戻ってくるといつもとは違って扉の前に清掃中という看板がぶら下がっていた。

リムリィのやつ、あれほど言っても聞かなかった看板をついに使用するようになったか。部下の成長に目を細めながら少尉は部屋に入った瞬間に驚いた。床があり得ないくらいにピカピカになっている。ワックスでもかけたのかというくらいに磨かれた床はいつものしなびた剛鉄の客車両と同じものとは到底思えなかった。あり得ない、本当にあいつがやったのか。磨かれた床を踏みつけることに若干の引け目を覚えながら客車両の中に入っていくとしゃがみこんでワックスがけを行っている一人の少女の姿を見つけることができた。一所懸命にワックスがけを行っているリムリィの姿に少尉は思わず涙ぐみそうになった。あれだけ教えても掃除の段取りが壊滅的だった娘がよくぞここまで。大器晩成の成長を遂げたリムリィに少尉は感心した。そんな少尉に気づかれないようにリムリィは口元をほころばせた。




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