閑話休題 せめて優雅な食卓を(2)
目的のらうめん屋にたどり着いた少尉は満面の笑みを浮かべた。だが、店の扉の前にある貼り紙を眺めた後にこの世が終わったような悲しそうな表情になった。そこにはしばらく休業しますといった旨の内容が書かれていたからだ。
「なぜ閉まっている。なぜ休業しているのだ。」
どこにぶつければいいのか分からない怒りとやるせなさを心に抱えながら少尉は呟いた。どう声をかけていいのか分からずにコロとリムリィも困り果てていた。そんな三人に街の住人が通りかかって声をかけた。
「あんたがた、そんなところでどうなさったかね。」
「世の中の無常を噛みしめているところだ。」
ほんのり悔し涙を浮かべながら少尉は答えた。住人が少尉の言葉の意味を理解できずに首を傾げているのでコロが助け舟を出した。
「実はここのらうめんを食べに来たんですが。」
「ああ、この店かね。あの連中が来なければ今も店を開いていただろうに気の毒にな。」
「どういうことだ。」
怪訝な顔をして尋ねた少尉に男は説明しだした。なんでも最近この一角を暴力的な恐喝で買収しているやくざ者達がいるらしい。買収する範囲に入っていたらうめん屋の店主も恐喝にあったが持ち前の正義感から反発した。結果やくざ者達から袋叩きにされてしばらく歩けなくなるような怪我をさせられたそうである。
「官憲は何をしていたんだ。」
「ああ、この街の官憲は駄目だよ。」
大きな声では言えないがこの街の官憲はすでにやくざ者たちに買収されており、何かあっても泣き寝入りするしかないのだという。
「まったくふざけた話だな。」
少尉は話を聞きながら激しい憤りを覚えた。ここで断っておくが少尉が怒りを感じているのはやくざ者がまかり通っているからではない。つまらない諍いで自分の食欲が満たされなくなったからである。
「店の店主はどうしている。」
「さあねえ、自宅を兼ねていたから多分店の中にいると思うけど…。」
全てを聞き終わる前に少尉は店の引き戸を乱暴に開けた。店の中で椅子に座って新聞を読んでいた店主らしき男は突然の来訪者の姿にぎょっとなった。
「え、お客さんか。」
「なんだ、いるじゃないか。」
「申し訳ないんだけど見ての通りのありさまでね。しばらくは休みだよ。」
店主らしき男は申し訳なさそうに断りを入れた。見れば体のあちこちに包帯がまかれており、顔や手に痛々しい生傷が残っていた。松葉づえも付いているので片足も骨折しているのではなかろうか。
「君の具合は良くわかった。だがこちらも腹をすかせていてね。力づくでも言うことを聞いてもらおうか。」
そう言って少尉は懐から何かを取り出そうとした。それに気づいたコロが慌てて止めに入る。
「何を取り出す気ですか。」
「何って拳銃だが。」
何を当たり前のことを、そんな表情で答える少尉にコロは軽い眩暈を感じた。
「駄目です。軍人が一般人、しかもけが人を恐喝してどうするんですか。」
「どうするってらうめんを作ってもらうだけだが。」
根本的にずれている。どうすればこの人と会話が通じるのだろうか。コロは頭を抱えたくなった。




