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白虎を継ぐもの(3)

沈痛な表情で眉間に人差し指を当てて五人の英霊の話を聞き終えた少尉は大きなため息をついた。この五人の事はできれば仲間達には秘密にしておきたかっただけに目の前で目を回すリムリィに見られたのは非常に痛かった。というかなんで見えるんだ。毎回いろんな意味でこちらの予想を裏切ってくれる犬耳少女を眺めた後に少尉は五人を統べる役割の狸道に文句を言った。


「狸道、お前がついていながらこの有様はなんだ。」

『いや、面目次第もありません。まさかこの娘にこちらの姿が見えるとは思わずに完璧に油断をしておりました。』

「頼むぞ。お前たちのことは極力知られたくないんだ。お前たちだって平穏に過ごしたいだろう。」

『はい、少尉殿のご配慮をないがしろにしてしまい、詫びのしようもありませぬ。』


狸道とそんなやり取りをした後で少尉は妻である孤凜の方を向いた。少尉に合わせる顔がないのか、孤凜はそっぽを向いていた。そんな孤凜に少尉は尋ねる。


「孤凜、みんなと諍いを起こさないように厳しく言ってあったはずだよな。それがどうして狸道と揉めているんだ。」

『だって、クソ親父が。』


それだけ言った後にむくれた表情で孤凜は黙り込んでしまった。


「何があったか話してくれないと仲裁もできないぞ。」


少尉がそう言うと何故か狸道が慌てだした。一体どうしたというのだろう。怪訝な顔で狸道を見ていた少尉に向かって孤凜は打ち明けた。


『そこの馬鹿親父がその子のスカートの中を覗こうとしたんです。』

「…ほう。」


次の瞬間、少尉を中心に吹き荒れた凄まじい冷気が客車両を襲った。部屋の窓が一瞬にして凍りつく。狸道は恐怖から蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。


「どういうことか説明してもらおうか。」


このままではまずい、そう思った狸道は自らの霊気を薄くすることで非実体化してその場から逃げるため、床を通り抜けようと試みた。だが、少尉によって張られた不可視の壁に阻まれてはじき出されてしまう。跳ねた後にうつ伏せに倒れた狸道の顔面すれすれに少尉の軍靴が容赦なく踏みつけられる。その容赦のない動きに狸道は短い悲鳴を上げた。


「どういうことか聞かせてもらおうか。」


軍帽を目深に被っているせいでその表情は良く見えないのだが、爛爛と光る赤い目だけが獲物を見つけた狼のように狸道を睨みつける。逃げようとする狸道の首ねっこを容赦なく掴んだ後にズルズルと扉の向こうに引きずっていった。ほかの4人もあまりの少尉の剣幕に怯えて尻尾をぶるぶると震えさせるしかなかった。何だろう、この人。こんなに怖かったっけ。そんなことを思いながら狸道が連れていかれる様を黙って眺めた四人は扉が閉まった後に向こうから聞こえてきた狸道の悲鳴を聞きながら合掌した。成仏しろよ、いや、もう死んでいるんだけどね。そんなやり取りは狸道の甲高い悲鳴によってかき消された。




            ◆◇◆◇




リムリィが目を覚ますとすぐ目の前に心配そうに眺める少尉の顔があった。びっくりして顔を赤くしたリムリィに少尉は安堵の溜息をついた。


「しょ、しょーいどの、いったいどうなされたんですか。」

「それはこちらの台詞だ。こんな所でひっくり返るもんだから心配したぞ。」

「はわわ、私ごときにもったいないお言葉です。」


リムリィはそう言って謙遜した後に自分が少尉の膝枕によって寝かされていたことに気づいた。羞恥で顔から火が出そうであった。慌てて起き上がると同時に土下座するように態勢を組み替えた。器用な奴だ。そう思いながら少尉はリムリィに顔をあげるように命じた。恐る恐る平伏を解いた部下の姿に少尉はため息をついた。


「俺の部下達が失礼をしたな。」

「俺?あれ、少尉殿、いつもと違う口調ですね。」

「ああ…、こいつらと一緒にいると昔を思い出してしまって駄目だな。おい、お前ら。リムリィにちゃんと謝れよ。」

『ごめんね、驚かせちゃって。』

『…悪気は…ない…許せ…』

『不可抗力とはいえ申し訳なかったです。』

『……(ぼこぼこにされて口が開けない。)』

『馬鹿親父がごめんな、リムリィ。』


少尉の背後の虚空からゆらりと現れた五人の霊を見てリムリィは再度意識を失った。




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