白虎を継ぐもの(2)
一方、そんな話が行われているとは知らずに少尉は剛鉄内でむっつりとした表情をしながら文庫本を読んでいた。いつもであれば機関室や車内を見回って仲間たちの様子を見たり、リムリィを叱咤激励するのだが、下手に動いて感情が高ぶれば剛鉄を内部から破壊する恐れがある。なんとも不便なものだ。そうため息をつく少尉のいる客車両から二つ離れた無人の客車両では少尉と運命を共にする孤狼族の5人の侍の霊が不可視の状態でひそひそと話し合っていた。
『あ~あ、少尉殿、悩んでいるなあ。』
『仕方ないですよ。成り行きとはいえ旅順で死んだ孤狼族10万の魂の苗床となってしまったんですもの。みんな落ち着いているから精神発狂こそないものの、今の少尉殿はいつ起爆してもおかしくない爆弾みたいなものですから。』
『…十万の…孤狼族の…力を秘めているということか。』
『ただの10万ではないぞ。英霊となった段階で肉体という枷から離れて皆が常時の白虎化している状態だからなあ。』
『こないだ少尉殿の身体の中の紅虎殿と話をしてみたのですが、なんだか好きに暴れられる体に宿れたことが嬉しいらしくて暫く住み着きたいといってました。』
『あの戦闘狂が…』
『そういうところ、息子さんそっくりですよね。えっと、剣狼さんでしたっけ。』
『孤凜、違うぞ。あいつは紅虎殿の義理の息子だ。彼女の本当の子供は少尉殿が育てたコロ殿だからな。』
『え、コロ殿はまともなのにどういうことです。』
『コロ殿は父親似なんだよ。紅虎殿の夫の太狼殿も紅虎殿に振り回されてばかりだと酒の席でよく愚痴っておったわ。』
『あらら…。』
「あの、みなさん。ここで何をなさっているのですか。」
急に声をかけられてもそれが自分たちに声をかけているとは思いもせずに暫く話し続けた孤狼族の英霊達は少女が自分たちに話しかけていることに気づいて仰天した。話しかけたリムリィは目をぱちくりと瞬きさせながら不可思議な侵入者たちの動向を見守った。その手にはバケツとモップを持っている。どうやら客車両のモップ掛けをしようとやってきて英霊達がいることに気づいたようである。
『あんた、あたしたちが見えるの!?』
「え?見えますけど。それが何か。」
「狸道…この娘…まさか。」
『ああ、まさしく見鬼そのものじゃ。』
見鬼。古代王国に存在したという伝説的な能力者の事である。彼らはこの世ならざるものを見ることができ、言葉を交わすこともできたという。その才能を生かしてこの世と幽世の仲介役とも言われているが、現代ではその才を持つものは絶えて久しい。古文書や古い文献にその存在をほのめかされているのみとなっている。
『少尉殿の側にいたのに全然気づかなかった。』
『仕方なかろう。我らがはっきりと具現化できるようになったのはこの間の戦い以来じゃからのう。おそらくは少尉殿の力が増した影響じゃて。』
『気をつけろ…この娘…天然…。』
『あんた、あたしたちが怖くないの?』
そう尋ねた孤凜の質問にリムリィは小首を傾げた。駄目だ、全く分かっていない。リムリィの所作にため息をつきながら孤凜は忠告した。
『いや、だってあたしら、これだよ。』
そういって孤凜は幽霊がするような仕草で両の手の甲をだらんと垂らすように胸元に置いた。リムリィは暫く固まったように孤凜をマジマジと見た後にその足が途中から消えていることに気づいた後に無言で卒倒した。慌てたのは孤凜たちである。
『うわ、バカ、何してるんだよ!』
『いや、だっていきなり倒れるとは思わないじゃん!』
『…だから…注意しろと…いったのに。』
『いや、これは仕方ないですよ、不可抗力です。ていうか、もっと早く気づくべきでは。』
そう四人が慌てふためく中で狸道だけはメイド服のまま倒れたリムリィのスカートの中身を覗き込もうとスカートをゆっくりめくろうとしていた。その頭を孤凜が殴りつける。
『な、何をするんじゃ、孤凜!』
『うるさい、ばか親父!そんなことばっかしてるからエロ狸だって馬鹿にされるんだ!』
『な、なんじゃとう!』
「何をやっとるんだ、お前ら。」
5人の孤狼族の霊が振り返るとそこには騒ぎを聞きつけた少尉があきれ返りながらこちらを眺めていた。5人は気まずい笑顔のまま、上手く状況を説明することができずにその場に固まった。




