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白虎を継ぐもの(1)

護龍武士団による堕龍頭占拠事件から数日が流れた。

少尉は一人で荒野に立っていた。荒れ狂う風の中で静かに精神を集中していた。目をカッと見開くと空の彼方から数匹のスズメバチが飛んできた。スズメバチといってもその大きさは人間の5倍以上はある化け物である。生きている獲物を見据えた蜂たちは真っすぐに少尉目がけて襲ってきた。少尉はその一撃を飛び越えるように飛翔してかわす。もっとも勢いがつきすぎて蜂たちのはるか上空へ一瞬にして飛翔していた。蜂たちも混乱していたが、飛び上がった少尉自身が一番驚いていた。というか雲が見える高さまで飛び上がったことで足がすくみそうになる。白神真一郎。こう見えてかなりの高所恐怖症である。やりすぎたことを自覚した少尉はすぐさま空中を蹴って方向転換した。その速さは流星のような速度であった。真っすぐ斜めを飛んでいった少尉の足がスズメバチの胴体にめり込むと全くの抵抗なしに貫通していった。同時に何故かスズメバチの身体が爆散する。それは少尉の纏う白虎の闘気の影響であるのだが、少尉にはそれが分からない。爆薬も積んでいないのに爆散しやがった。もはや自分の力にドン引きである。残ったスズメバチは目の前に立っている矮小な生き物がとてつもない脅威であることを判断して一斉に尻尾の針で襲ってきた。それの複数のうちの一匹の一撃を少尉は素手で無造作に掴むと力任せに振り回した。反射的な行動であったが、反撃としては十分すぎる効果であった。振り回されて仲間と激突した蜂の頭部が粘土細工のように次々と容易にへしゃげていく。体液をまき散らしながら首から下がぴくぴくと痙攣する姿はあまりにもグロテスクだった。あまりのことにすぐに手を離した。唯一残った一匹が恐慌をきたして逃げ出していく。逃がせば人里を襲うだろうと判断した少尉は腰の孤斬を引き抜くと居合抜きの要領で衝撃波を飛ばした。衝撃波は鋭利な刃物のように蜂の身体を両断した。それだけならばよかったのだが、少し離れた山にまで飛んでいった衝撃波は山肌を容易に切り裂いた。少し間を挟んで山頂が土煙をあげながら倒壊していく。山の形が変わってしまった姿を見て少尉は自らの存在に恐怖した。そんな彼の足元には衝撃波を放った際に切り裂いてしまったであろう大地に崖のような切り傷がついていた。どこまで続いているのか闇が深すぎて分からない。試しに石を落として深さを確認したところ、とんでもなく後になってコツンと底に石が当たる音がした。


「いや、マジであかんだろ。これは。」


空しく吹きすさぶ荒野の風を受けながら少尉は途方に暮れた。




            ◆◇◆◇       




鋼鉄の狼は絶望の中で希望を運ぶ――。

この物語は人間同士の大戦の最中に空間の裂け目から現れた人類の敵『混虫』とそれに立ち向かう蒼龍王国の軍人『少尉』と個性あふれる彼の仲間たちが織りなす活劇物語である。

人間の力を越える存在となってしまった少尉に明日はあるのか。


鋼鉄の狼が運ぶものがは絶望かそれとも希望か。

第十九話 『白虎を継ぐもの』




           ◆◇◆◇




蒼龍王国の首都である青龍都にある陸軍大本営。その中枢に位置する執務室で王国の統治者である天龍王と執務全般を取り仕切る司狼大臣である孤麗は向かい合わせて茶を啜っていた。いつものような緊迫感はなく、うららかな春の日差しを前にして気持ちが穏やかになっていた。あまりにも気持ちのいい陽気なので眠気を誘発されて孤麗が欠伸をする。


「珍しいな、お前が欠伸をするなんて。」

「珍しく最近は亡霊の騎士団も混虫の襲撃もなりを潜めていますからね。」


そう答えた後に孤麗は再び欠伸をした。それにつられるように欠伸をしながらも天龍王は話を切り替えた。


「そうはいっても真一郎の奴は大変なようだぜ。」

「え、真兄さまがどうかされたんですか。」

「ああ、あいつ、こないだの戦いで孤狼族の英霊の魂の力を借りて人外の力を手に入れただろ。」

「ええ、なんでも力を解放した天龍王様に匹敵する力だとか。」

「ああ、まあそこはいいんだが。どうにも奴は力を制御しきれていないらしい。」

「制御できない、ですか。」


そう言われてもあまりピンと来なくて孤麗は首を傾げた。そんな孤麗に分かりやすいように分かりやすく説明しようと天龍王は知恵を絞った。


「例えば水道の蛇口をひねるだろう。それをひねりすぎたらどうなる。」

「壊れますね。」

「そういうことが今のあいつの周りではしょっちゅう起こっているんだ。困り果てたあいつから聞いた話だと小便をしようとして便所に行ったら小便の勢いが凄まじすぎて小便が便器を切り裂いたらしい。」

「冗談…じゃないんですね。その顔見たら分かりました。」


余りにも真面目な顔で言われるものだからそれが冗談の類でないことを孤麗は理解した。説明を終えた天龍王はソファに深々と腰かけると思案した。


「なんとかあいつの力を制御できればいいんだが。」

「そうじゃのう。そういうことならばワシのところに修行に来させるとよいぞ。」

「うわああああっ!!!!」


その時になってはじめて天龍王はソファに白金山の大神仙人が座っていることに気づいた。何時から座っていたのだろう。まったく気配を感じなかった。孤麗も見知らぬ孤狼族の老人が座っていたことに驚きを隠せない様子だった。


「爺さん、人が悪いぜ。いったいいつからいたんだ。」

「そのお嬢さんが欠伸をし始めたところからじゃのう。」


つまりは最初からかよ。げんなりしながら天龍王は自分の師匠の姿を見た。一見、子犬にしか見えない大神仙人は齢千年を越えると言われている。孤狼族の生きた歴史とも揶揄される最長老的な存在だ。白金山に眠る孤狼族の始祖である天狼の墓を守るために山から離れられないはずだが、この場に現れたのはどういうことだろう。


「じいさんでも山を離れることがあるんだな。」

「残念ながらこの体は陽神と呼ばれる分身じゃよ。本体はお山で待っておる。」

「相変わらず妖怪じみた真似しやがる。」


天龍王の言葉に仙人は楽しげに笑いながら煙のように消えていった。消える直前に白神真一郎を白金山に連れてくるように言い残して。言われた天龍王は緊張が解けた安堵からため息をついた。


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