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決戦!!大空中要塞の攻防(14)

荒れ狂う死の風は漏らすことなく周囲のものの魂を集めながら爆発的に広がっていく。

吸い上げられた魂は黒雲の中心にいる餓遮髑髏の口に供給されると共にその体内に吸収された。全てが彼の魔力の源となっていく。胎の中で荒れ狂う魂たちの怨嗟の声は餓遮髑髏にとって何よりのご馳走であった。腹の中では凄まじい数の魂たちが逃げ場を求めて荒れ狂っていた。だが、いくらいもがき苦しんだ所で逃げることなど叶わなかった。逃れられないことへの苦しみ、嘆き、そして未来が消えたことへの絶望。髑髏はそんな人間達の怨嗟の声を聞いて歓喜に打ち震えた。


甘露(もっとよこせ)甘露(もっとよこせ)。」


憎しみの感情全てが彼にとってのご馳走であった。貪るように感情の波をすすりながら餓遮髑髏の魔力はますます膨れ上がっていく。その姿はもはや人間を越えた魔王と呼べる化物であった。

すでに黒雲は蒼龍王国の国土の四分の一にまで広がりつつあった。黒い風は人の魂を吸い上げて黒雲へと変わっていく。黒雲は更に更にと人間の魂を喰らいながらも肥大していった。その勢いは凄まじく星全体の命を喰らいつくすのも時間の問題かと思われた。




             ◆◇◆◇




白金山に住む大神仙人も周囲の異常な気配に気づき、その眼を鋭く細めながら忌まわしい雲を見つめていた。彼の周囲には何故か人の命を奪う黒い風は近づくことがなかった。というよりは仙人の周囲に張られている特殊な闘気が膜のように彼の周囲を覆っていたからだ。本能的に黒い風を危険なものと認識した森の動物たちがすでに仙人の加護を求めて集まっていた。夥しい数の動物に囲まれながら仙人は呟いた。


「…始まったか。この波動、かつての黒司龍とそっくりじゃのう。」


仙人は自らが葬り去った龍人族の王の名を呼んだ。かつて世界を支配する力を求めるあまりに自らを慕ってくれていた蒼龍王国の民の魂を犠牲にして魔王となろうとした悪逆非道の王。

闇に堕ちる前の黒司龍は仙人にとって親友と呼べる存在だった。だが、彼は純粋過ぎた。自らの無力を嘆き、力を求めるあまりに闇に堕ちたのだ。だからこそ大神仙人は多くの仲間と共に黒司龍を討った。

かつての自分たちの世代が侵した愚かな間違いを繰り返そうとしている存在が生まれようとしている。立つならば今。自分が討伐に行くしかあるまい。

仙人がそう思った矢先に背後から虎の咆哮が聞こえた。仙人が驚いて背後を見るとそこには白虎が現れていた。白虎は白金山の守り神にして死した孤狼族の集合体である。白虎は上空の黒雲を睨みつけると天を貫く咆哮をあげた。瞬間、黒雲の合間に光の柱が放たれて雲が割れていく。それを茫然と眺めている仙人に対して虎は思念で話しかけていた。この混乱を収められる存在が生まれ落ちようとしている。だから手出しをしてはならない。それだけ言うと虎は霧散した。何が生まれようとしているのか。それが分からずに仙人は黒雲が裂けた合間から見える太陽の光を眺めるしかなかった。




             ◆◇◆◇




餓遮髑髏が人間の魂を集めるのに専念しているその間に少尉は目覚めた。

頭部に痛みを感じて後頭部を触るとべっとりと血が手についた。だが、傷口は浅くない。致命傷ではない。まだ動ける。まだ戦える。少尉はそう思いながらふらつく足をなんとか奮い立たせて立ち上がろうとした。だが、上手く立ち上がれずに床に転んだ。疲労の度合いがひどい。まるで自分の身体ではないみたいに重い。少尉は理解していなかったが、その疲労は餓遮髑髏の特殊能力のによるものだった。魂を奪われなくても餓遮髑髏の周囲にいるだけで少しずつ生命力を奪われているのだ。

それでも戦うためには起き上がるしかない。二本の足で立てないために持っていた孤斬を三本目の足にして自重を支えながら少尉は立ち上がった。そして自らを奮い立たせながら歩んでいった。出欠のせいで意識がはっきりしない。だが、自らの強い意志が倒れることを許さない。荒れ狂う死の風の中を一歩一歩踏みしめながら歩いていく。その歩みの中には壮絶な覚悟と決意が込められていた。死したとしても英霊となって奴を葬る。刺し違えてでも殺す。必ずこの場で奴を葬る。

意識を集中するあまりか、背を向けた髑髏は少尉が近づいていることに全く気付いていないようだった。だからこそ少尉は背後から髑髏を攻撃することができた。だが、突き刺そうとした刀は髑髏の外套の中から現れた副腕により阻まれた。少尉の方へ見向きもしない状況で髑髏は少尉の手から刀を奪うと乱暴に頭を掴んで持ち上げた。宙づりになりながら苦悶の声をあげる少尉を眼前に持ってくると髑髏は嗤いかけた。


無策(できるわけなかろう)蛮勇(おろかなむしけらが)。」


「ふざけるなっ!この化け物が!必ず殺す!いいか、必ず貴様をこ」


そこまで言ったところで髑髏は無情にも少尉の魂を奪い取った。途端に糸が切れた人形のように少尉の身体から力が抜ける。その瞳は開いているものの光が全く灯っていない。


慈悲(なかまのところにいけ)。」


餓遮髑髏はそう言って周囲に響き渡る声で嗤った。嗤い続けた。もはや自分に敵はない。揺らぐことのない勝利の中で髑髏は心から歓喜の声をあげた。だからこその油断があったのかもしれない。少尉の指先がかすかに動いたことに髑髏は全く気付かなかった。その瞳にかすかな光が灯ったことも知るよしもなかった。


「…ふざ…ける…なよ。」


まだ少尉に息があることに髑髏は驚いた。すでに息も絶え絶えになりながら少尉は烈火のごとく怒っていた。髑髏にはその怒りが理解できなかった。この矮小なる道化が何を言わんとしているのか分からなかった。どのような面白い嘆きを聞かせるかも一興。そう思った髑髏は少尉の言葉を遮らずに喋らせることにした。


「今…貴様の体内で…見た。旅順で…死んだ孤狼族の…魂を。」


少尉はそれだけ言うと髑髏の方へ手を伸ばした。何を当たり前のことを言っているのだ、この羽虫は。あの素晴らしき贄があったからこそ自分は愚かな人間という存在から昇華することができたのだ。髑髏はそう思って反論しようと少尉の目を見た。瞬間に気圧された。半死半生のこの男のどこにそれほどの覇気があるというのか。そのあまりの異様な雰囲気に黙らされた髑髏の前で少尉は続ける。


「…あいつらは…紅虎は…死んでいった仲間たちは…必死に仲間のことを…守ろうと…死んでいったんだ。…それが今まで捕らえられて…貴様の玩具になっていただと…」


些事(とるにたらないことだ)。」

「人の命を…痛みを何だと思っている!」


些事と吐き捨てた髑髏の言葉に対して少尉の怒りの沸点は静かに限度を超えた。同時に目に見えない何かが凄まじい勢いでこみ上げてきた。それは少尉の魂の内部から湧き上がる生命の灯であった。灯は火がつくと共に凄まじい勢いで少尉の内部で燃え盛った。

少尉の内部の魂が凄まじい熱と光を帯び始めたことに驚愕した髑髏は捕縛していた腕を離した。あり得ない。あり得ない光を放っている。自身が魂の光を可視できるからこそ人間にこれほどまでの光が発せられるとは考えられなかった。眩しすぎて目を開けることができない。こいつは、こいつは一体何者だ。

それは髑髏が人間を捨ててから初めて覚える感情であった。それこそが髑髏が捨てたはずの恐怖という感情であった。少尉は怯える髑髏に構うことなく手を伸ばした。


「…返せ…みんなの命を今すぐに返せっ!」


瞬間、少尉は髑髏の纏う衣を引きちぎった。衣に見えたそれは髑髏が今までに集めた魂を力に還元させて鎧として纏っていたものだ。それを素手で引きちぎることなどは人間には不可能なはずだった。だが、少尉はそれを容易に行った。引きちぎられた箇所から膨大な怨霊の魂が空気が噴き出した風船のように髑髏の身体からその場からあふれ出していく。それはまるで霊体の嵐のように場を荒れ狂った。その中から自由となった孤狼族の魂があふれ出て少尉の身体を守るように纏わりつくと同時に彼を覆う不可視の鎧へと変わっていく。眩く白き光に溢れる姿の周囲の空気は怨霊のものとは思えない清浄な光に溢れていた。その姿は魔人でなく神のものに近い気配だった。その姿に髑髏は恐怖した。


何者(いったいなにをした)。」

「何もしていない。貴様に奪われた者たちを返してもらっただけだ。」


そう言って少尉は拳を無造作に振るった。

一瞬何も起きないかのような間の後に凄まじい衝撃が髑髏を襲った。吹き飛ばされてそれでも着地に失敗した髑髏は床に二転三転激突した後に壁に叩きつけられた。ダメージこそそれほどではないものの力を増大させた今の自分を吹き飛ばす存在に出会ったことに髑髏は驚愕した。そのせいで意識が周囲に向いていなかった。時としては数秒。だが、その数秒の間に少尉は次の行動を起こしていた。

突如として髑髏の頭上に姿を現すと両手を組んで髑髏の後頭部に容赦なく叩きつけていた。その凄まじい威力に髑髏は座っていた床を割って階下の床にめり込んだ。それを冷然と見つめながら少尉は刀を構えた。燃え盛る炎は赤色から眩い無色の炎へと変わっていた。熱としては赤だった頃のおおよそ6倍。周囲の景色が熱により歪むほどの熱の中で少尉は平然と刀を振り下ろした。一瞬の間の後に髑髏の身体深くに刀が突き刺さる。凄まじい熱と痛みに髑髏はもがき苦しみながら少尉を突き飛ばした。大きく宙に舞いながらもバランスを取って着地した少尉の与えた苦しみに髑髏は驚愕した。



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