決戦!!大空中要塞の攻防(13)
少尉の言葉に餓遮髑髏は黙ったまま答えなかった。だが、それは少尉の発言を肯定しての沈黙ではなかった。彼にとって少尉の言うことは羽虫の羽ばたきに等しい取るに足らぬ小事であったからだ。髑髏は不気味に両目を光らせた後にゆっくりと右手を翳して無造作に薙ぎ払った。瞬間、凄まじいまでの風と衝撃波が少尉の身体を襲った。荒れ狂う暴風の中では立っているのも精一杯な状況だった。
だが、それすらも髑髏は許さない。再度、手を無造作に薙ぎ払うと少尉を襲う暴風は先ほどの倍以上の勢いで少尉の身体に襲い掛かった。暴風に吹き飛ばされた少尉はまるで紙のように上空に投げ出される。その隙を髑髏は見逃さなかった。両手を少尉のいる方向にかざすと見えない力が少尉の身体を捕縛する。同時に髑髏はその見えない力で少尉の両手、両足をねじった。
「がああっ!!!!ぐああっ!!!」
「苦。」
両の腕と手足をねじ切られるのではないかという激痛の中で少尉は苦悶の叫びをあげた。その感情は髑髏にとって何よりのご馳走だった。歓喜に身を震わせながら髑髏は不可視の力で少尉の身体を持ち上げたまま、壁に思い切り叩きつけた。後頭部を思い切り叩きつけられた衝撃で少尉の意識が失われる。頭から血が流したまま動かなくなった敵の姿を確認しながら髑髏は嗤った。
「容易。」
その瞬間に少尉を守るように孤狼族の侍たちの霊は髑髏に襲い掛かった。だが、今にもその姿が掻き消えそうなほどに脆弱なものであった。そんな彼らを一目見て取るに足らない存在だと認識した髑髏は無造作に腕を薙ぎ払った。放射線状に円弧を描くように広がった実体を伴った衝撃波は霊たちの存在を一瞬にして真横文字に切り裂いた。その瞬間、霊たちは実体を失ってその場に霧散する。だが、そのまま掻き消えることを髑髏は許さずに大きく息を吸った。
次の瞬間、その場の空気が一瞬にして髑髏の元に集まり、掻き消えかけた霊体達も髑髏の口の中に吸い込まれていった。自分の腹の中で逃げられなくなった孤狼族たちの苦悶の叫びを聞きながら髑髏は愉悦の表情を浮かべた。
「容易。」
周囲全てに響き渡る声で嘲笑の嗤い声をあげながら髑髏はその腕を天へと伸ばした。瞬間、堕龍頭上空を渦巻いていた黒雲は世界を侵食し始めた。
◆◇◆◇
最初に犠牲になったのは堕龍頭上空の山の麓にある小さな村だった。
村の近くの放牧地で羊たちを放し飼いにしていた少年は不穏な雲行きに不安を覚えて羊たちを集めようとした。そして違和感を覚えた。羊が一頭足りないのである。どこに行ったのかと周囲を見渡すと一頭の羊が群れから少し離れたところに横たわっていることに気づいて慌てて駆け寄った。羊の目にはすでに生気がなかった。体を触るとまだ冷たくはなっていない。泡も吹いているわけでもなく一体どうしたというのか。困惑した少年の頬を吹き抜けた黒い風が撫でる。
次の瞬間に膝から崩れ落ちた。全く力が入らないことに困惑したまま、少年の意識は消失した。主なき後、群がっていた羊たちは一頭、また一頭とその場に横たわっていった。ついには一頭もその場で動く羊の姿はなくなった。
いつまでも帰ってこない少年を心配した少年の両親は家から出て言葉を失った。いたるところで村の人が倒れ伏していることに気づいたからだ。一体何が起きているというのか。驚きのあまりに言葉を失った少年の父のすぐ横にいた妻が金切り声をあげた。村の中に駆け巡っている黒い風の正体に気づいたからだ。あれは風ではなく人の命を奪う死霊の群れだ。妻の異変に気付いた夫は恐慌を起こす妻を必死に宥めようとした。
だが、次の瞬間に妻の魂は死霊によって奪い去られた。その場に横たわった妻の目はすでに力を失っており、身動き一つ取っていない様子である。目の前で起こった正体不明の惨劇に夫は恐怖の叫びをあげようとして同様に崩れ落ちた。その眼にはすでに光が灯っていなかった。
村の中央にある村長の家の中では幼い赤子が泣いていた。だが、それをあやすはずの母親は赤子のゆりかごのすぐ側で倒れ伏していた。その手だけがだらしなくゆりかごに寄りかかってはいるものの母親の意識はすでになかった。幾ら呼んでも誰も来ない中でしばし泣き叫んでいた赤子の叫びが一瞬にして途絶える。その瞳にはすでに魂の光がなかった。
この惨劇はその村だけではなく黒雲の下にある大地すべてで起こっていた。そうして集めた人間の魂によって黒雲はさらにその勢いを増しながら範囲を広げていく。
最早、髑髏を止める者は誰もいなかった。




