決戦!!大空中要塞の攻防(10)
剣狼のいた階を上り切ると大広間に出た。そこには龍をモチーフにした石像が飾られた祭壇と石畳の台座が置かれていた。台座の上には一人の少年が寝かされており、その背後では一人の男が背を向けながら邪教の祈りを捧げていた。
「白!」
天龍王の言葉に気づいた男が振り返る。不気味な男だった。フードから見え隠れする素顔には全く肉がついていない。骨を剥き出しにしたその姿は骸骨そのものだった。男は顎をカタカタと鳴らして音もなく嗤った。
「餓遮髑髏、てめえ、やっぱり生きてやがったか。」
「てっきり慟哭島の爆発と共に朽ち果てたと思ったが。今度こそ引導を渡してくれる。」
天龍王と少尉の言葉を骸骨は鼻で笑った。そして言葉を紡いだ。
「万死。」
脳内に直接響く不気味な声は抵抗力のないものが聞けばそれだけで戦意を失うほど強烈なものであった。単なる声ではなく、恐らくは呪詛も含まれているであろう不気味な声を放った後で骸骨は右手をかざした。そして言い放った。
「跪。」
瞬間、立っていられないほどの凄まじい重力が少尉と天龍王の身体に襲い掛かった。必死で立ち続けようとするものの押さえつける力は時が過ぎれば過ぎるほど増していく。堪えきれずに膝立ちになりかけている二人に向かって餓遮髑髏はゆっくりと近づいていく。右腕で二人を拘束しながらも左手に凄まじい邪気を纏わりつかせている。周辺の死霊や怨念を全て集めて攻撃として用いているのだ。触れられれば只ではすむまい。
男が接敵距離まで近づく前に彼らの足元でズンッという凄まじい轟音が起こった。一気に塵煙が巻き上がる。震源は天龍王の足元だった。彼は重圧の中で思い切り足を踏み抜いていた。その衝撃波が振動となって髑髏の呪縛をかき消したのである。
身動きが自由になった瞬間に弾かれるように少尉は走った。髑髏にこれ以上何かをさせる前に先制攻撃すべきと判断したのだ。彼は髑髏の斜め後ろに位置を取った。そして手にしたライフル銃を構えると同時に髑髏の顔面を撃った。弾は真っすぐに骸骨のこめかみに突き刺さったかに見えた。だが、髑髏に届く前に目に見えない障壁に阻まれて床に堕ちる。舌打ちする少尉に髑髏は嘲笑を向けた。だが、その後で少尉の口元が緩む。
狙い通りに髑髏の注意がこちらに向いたからだ。その隙を天龍王は見逃さなかった。本気を出した天龍王は全身の闘気を一瞬にして爆発させた。煙のごとくその身を纏うのは人のものではなく龍が纏う蒼き龍気。闘気を炎のように明滅させながら天龍王は無造作に右手を髑髏に向けた。瞬間、目に見えない衝撃波に髑髏の身体が大きくのけ反る。一撃、二撃、三撃。天龍王が右手に力を籠めるほど髑髏の身体は目に見えない何かによって大きく弾かれてついには堪え切れなくなり、弾かれるように内壁に叩きつけられた。壁にめり込んだ髑髏目がけて天龍王は居合の構えを取った。そして渾身の力を込めて刀を抜き放った。同時に鎌鼬のごとき衝撃波が髑髏の身体目がけて射出されていった。円弧を描いて容赦なく放たれた衝撃波は髑髏の頭上すれすれに壁をぶち抜くと背後の建物の壁と天井を容赦なく吹き飛ばした。がら空きになった外壁と天井から外の景色が鮮やかに映し出される。あまりに規格外すぎた。その余りの威力に少尉が絶句する。
「化け物め。お前がいれば私の出番とかいらないだろう。」
そう言いながら天龍王に視線を移すと攻撃を放った天龍王自身はなにやら深刻な表情で刀を放った手と餓遮髑髏の方をまじまじと眺めていた。
「おかしい…。今のは絶対におかしい。」
「なにがおかしいんだ。」
「手ごたえがだよ。確かに奴の身体目がけて衝撃波を放ったはずだった。だが、何かに阻まれて逸れていった。何なのか分からないが、妙なものが奴の身体に纏わりつてやがる。」
「妙なもの?」
少尉は怪訝となりながら髑髏の方を見やった。そして絶句した。髑髏の周囲に凄まじい邪気が集まりだしていたからだ。それは天を覆うほど不気味なものだった。本来であれば不可視のものであるはずにも関わらず、密度のせいでまるで巨大な黒雲にしか見えないそれは死した人々、そして生きているにも関わらず髑髏の強大な魔力によって無理やりに集められた人間の魂の集合体だった。強大な歪みとうねりの奔流となった雲は髑髏の周囲を守るように覆った。奔流から放たれるのは強烈な怨嗟の声だった。それは生者が聞けば一瞬にして立っていられなくなるような頭痛と吐き気を与える一種の呪詛に近かった。
少尉達が立っていられなくなる中で餓遮髑髏は怨嗟の声をあげる魂全てをその身の中に吸収した。
一瞬の静寂の後に現れたのは黒い衣を纏った邪神に変貌した餓遮髑髏だった。その身に全ての救われない魂を捕えながら髑髏は凄まじい嗤い声をあげた。




