閑話休題 せめて優雅な食卓を(1)
その日、珍しく少尉は街を歩いていた。いつも乗っている「ちはや」は車両整備基地に納入されてメンテナンス中である。整備士いわく先日の百足や蜂との戦いにより車両のあちこちに不具合が起きており、一度オーバーホールを行う必要があるということだった。一週間ほどは修理に時間を要する旨を報告した結果、ありがたくも休暇を取るように軍上層部より通達があった。そのおかげで久しぶりの休暇を満喫していたというわけである。少尉の後にはコロだけではなくリムリィも付いてきていた。
「しょーいどの。」
「なんだ。」
「おやすみくらいは私服に着替えませんか。」
「出来るか,馬鹿者。軍をなんと心得る。平時とあってもいつも心は臨戦態勢でいられるようにしておくのが我々軍人の勤めだ。」
リムリィの提案をむっとしながら少尉は却下した。そんな彼にコロが声をかけてくる。
「少尉殿。」
「なんだ、お前まで軍服を脱ぎたいというんじゃなかろうな。」
「いえ、そういうわけではありませんが。その大荷物を抱えてはちょっと説得力がないかと。」
「むう。」
少尉は言われて自分の両手に抱えている袋を見た。焼きイカ、焼きトウモロコシ、たこ焼きに牛の串焼きと焼き鳥数十本。甘味も欲しかったのか鯛焼きとリンゴ飴まで入っている。全て先ほど通り抜けた祭りの出店で購入したものであった。
「一番お休みを満喫してますよね。」
なんだか疲れた様子でコロが突っ込む。確かにそうかなとばつが悪くなった少尉は、
「お前たちも食うか。」
そう言って焼き鳥串を二人に差し出した。
◇
少尉が街をぶらついていたのには訳がある。兼ねてより軍の仲間の間で評判の「らうめん屋」を探していたからである。こう見えてこの男は人一倍食に関しては執着がある。各地に補給物資を運ぶ合間を見つけては産地の名産物を食い漁ることが密かな楽しみなのだ。一週間も休みの休みは食い倒れるまで食べ歩きしようと思った。噂のらうめんとはいかなるものか確認するためにもこの機会を逃すすべはない。宿で「らうめん屋」の大まかな場所を聞いてからは見分がてら街を散策した。両手に抱えているのはその時の戦利品というわけだ。
「もぎゅ…もぎゅ…」
「口いっぱいに食べながら歩かないでくださいよ。意地汚いなあ。リムリィが真似したらどうするんですか。」
よほど少尉よりもコロのほうが恥というものを知っている。口いっぱいに鯛焼きをほおばりながら少尉はちらりとリムリィのほうを見た。何を言ってる、もう手遅れだ。そう少尉は心の中で呟いた。そこには口の周りを焼き鳥のタレでいっぱいにしながら焼き鳥をほおばっている犬耳娘の姿があったからだ。こういうのも飼い主に似るということになるのか。少尉は漠然とそんなことを考えながら歩いた。
食べ終わると袋から際限なく次の食べ物を取り出してもぐもぐとほおばりながら歩く。そんなことを繰り返しているものだから目的のらうめん屋にたどり着くころには両手で抱えていた食べ物はすっかりなくなっていた。




