決戦!!大空中要塞の攻防(8)
無事であった知己の元に駆け寄ろうとしたコロを制止したのは少尉だった。明らかに様子がおかしいのを察した少尉は剣狼の姿を凝視した。その眼が階下で見た屍鬼と同じ鬼灯のような赤であることを確認した少尉は歯ぎしりした。それは剣狼の不甲斐なさを嘆くものでもあり、もはや救う手段がないことを嘆くものでもあった。屍鬼となったものは助かることがない。死霊に体と意識を乗っ取られて己の意思とは無関係に生きたまま死んでいくのだ。天龍王も少尉と同じ判断だった。敵に向かうように剣狼に対して身構える二人の姿にコロが動揺する。そんなコロを少尉は目線で制した。
「あの真っ赤な目を見ただろう。残念だが、ああなっては助けることはできない。」
「そういうことだ。速やかに冥府に送ってやるのがせめてもの情けってもんだ。」
そう言われてもコロは剣狼に刀を向けるのを躊躇った。そんな三人に剣狼は容赦なく襲い掛かった。その瞳の中に獲物の姿をとらえた剣狼はその身に宿した蜘蛛の力を込めた腕を倍以上に肥大させてコロ目がけて叩きつける。その凄まじい威力に石でできた床が陥没する。躊躇ったことにより反応が遅れたコロは危うく攻撃を受けかけたが、なんとか後ろにかわすと大きく距離を取った。そんなコロ目がけて剣狼は追撃の一撃を放った。危うくすれすれでかわしながらもコロは刀を抜くことを躊躇った。そんなコロを少尉が叱責する。
「敵に情けをかけるな!戦場では情けをかけたものから死んでいくとあれほど教えたことを忘れたのか!」
少尉の叱責はもっともだった。だが、コロは刀が抜けなかった。彼の手を引き留めるのは数週間前に剣狼と交わした約束だった。頭の奥で繰り返されるその言葉がコロの意識を過去へと飛ばす。
◆◇◆◇
その日、コロと剣狼は河原で組内稽古を行っていた。手に持っているのが木刀とはいえ防具もなしの実戦さながらの稽古だ。打ち所が悪ければ死ぬような環境の中で二人の侍は戦いを楽しんでいた。常人には見切れない高速戦闘の中でひとしきり互いに斬撃を繰り返してはその全てを受け止める。最初こそ真剣な表情をしていたが、いつしか二人の口元には笑みがこぼれていた。呼吸さえ忘れるほど壮絶な打ち合いの末に木刀を互いの肩に打ち込んだ後に二人は息切れをしながら仰向けに倒れこんだ。その後に剣狼は笑いながらコロを罵倒した。
「ばっか、やろう…ぜい…はあ、思い切り…打ちやがって、たはは、いてえじゃねえか!」
「…お前こそ、はあ、はあ、混虫の力を使わないとか…ハンデのつもりか。」
「そんなんじゃねえ、…借りものじゃねえ…力で…お前をぶっ倒したほうが爽快だと思ったんだよ。」
「なんだそれ、らしくないにも程があるだろう。はは、あはははは!!」
「馬鹿野郎、笑いすぎだ。」
剣狼の口から出てきたとは思えない言葉にコロは腹の底から笑った。そんなコロに文句を言いながらも剣狼の目元にも笑みが浮かんでいた。二人の間にはかつての蟠りはすでになかった。かつてと同様に笑い合える関係に修復していたのだ。以前なら考えられない剣狼の変化にコロは疑問を持った。だから聞いてみることにした。
「最近変わったよな、お前。」
「あん?ぶしつけに何言ってんだよ。」
「以前のお前ならこんな風に僕に接することはなかったはずだ。というより僕のことを恨んでいたはずだ。それがこんな風に剣の稽古に誘うようになるなんてどういう風の吹き回しだ。」
その言葉に剣狼はきょとんとした顔をした。言われるまで考えてもいなかったような表情だった。彼はしばらく首を傾げて悩んでいたが、明確な答えが出ていないような表情で答えた。
「さあ、なんでだろうな。自分でも納得できる説明ができねえ。それでも敢えて言うなら『飯というのは一人で食うよりも誰かと食ったほうがうまい』と教えてくれた奴がいたからかもしれねえな。」
「ん?誰がそんなこと言ったんだ。」
「さあて、誰だろうな。」
そう言いながらも剣狼は笑って誤魔化した。さすがにお前の上司だよとは照れくさくて言えなかったのだろう。それともう一人自分が変わるきっかけをくれた大事な人のことを思い出す。
「あとはよ、俺があんまり馬鹿な真似ばっかりしてるとフィフスを泣かすことになるからな。あいつが泣くことだけはしたくねえんだよ。俺にとって数少ない大事なやつだからな。」
「…案外ちゃんと考えてんだな、剣狼。」
「まあな、こう見えてお前より年上だし。先に戦場も経験してるしな。」
「そういうところが子供なんだよ。」
ドヤ顔で自慢する剣狼にムキになってコロが反論した。剣狼はその反応にひとしきり笑った後ににんまりと笑った。
「明日よ、堕龍頭って街に潜入する。その前にお前との蟠りを解いておきたかったんだ。」
「お前らしくもない。なんで急にそんなことを考えたんだ。」
「いいから聞けよ。俺にもしものことがあった時や敵に利用されたときは迷わずに切れ。そして俺の代わりにフィフスの奴を守ってやってほしい。」
「お前…。」
「案外信頼してんだぜ。血の繋がらない義弟よ。」
「うるせえよ、バカ義兄。」
コロの反論に剣狼は実に嬉しそうにしながら笑いかけた。
◆◇◆◇
思えば剣狼はこの事態が起こる可能性を予想していたのではないだろうか。自分に何かがあった時のことを考えて後を託したと考えればあの時の発言も納得できる。だが、あまりにも勝手すぎるだろう。勝手に託して勝手にいなくなるな。まだ沢山言いたい文句もあるのだ。そう思ったコロは覚悟を決めた。絶対に剣狼を助けるために。攻撃を仕掛けてきた剣狼をその蹴りで思い切り瓦礫の向こうに飛ばした後にコロは少尉達の元に駆け寄った。
「少尉殿、必ず追いつきます。ここはまかせて先に行ってください。」
「お前、何を言ってるんだ。そんなことできるわけが…」
「分かった。必ず追いつけ。」
天龍王の言葉を途中で遮った少尉はコロの目を真っすぐに見据えた。曇りのない強い意志の籠った瞳だ。その強い意志を少尉は信じた。それ以上は何も語らずにコロに背を向けて次の階目指して走り去った。天龍王はしばし躊躇った後に必ず追いつくように言い残すと少尉の後を追った。そんな二人の背中を満足そうにしばし眺めた後にコロは迫りくる剣狼に対して刀を向けた。




