白の王子と蒼の王 黒の反乱(12)
護龍武士団の敷地に戻るなり、剣狼はその最深部にある獅堂頬月の屋敷を目指した。屋敷の前にはすでに数十を超える獅堂の配下たちが待ち構えていたが、その程度の数で今の剣狼を止められるわけがなかった。刀の背の部分を向けて峰打ちができるようにすると、まるで草や花でも薙ぎ払うかのように襲い掛かる配下たちを打ち倒していく。
「怪我したい奴や死にたい奴は前に出な!望み通りに殺してやる!」
壮絶な恫喝である。凄まじい殺気を放つ剣狼の圧力に押されて護龍武士団の人間たちが後ずさる。そんな彼らに喉笛を鳴らしながら一瞥すると剣狼は屋敷の中に入っていった。屋敷の中も護龍の精鋭たちが待ち構えていたが、お構いなしだった。刀の背で薙ぎ払う、拳で殴る、蹴り倒す。襲い掛かる敵を力任せに全て打ち倒していった。
その中でも悲惨だったのは殴り倒された人間だった。至近距離から繰り出される剣狼の怪力を思い切り喰らって真っすぐに吹っ飛んだ。奥にある襖に激突してもその勢いはなくなることなく、襖をなぎ倒しながら弾のように外に飛ばされていった。受け身を取ることもできずに地面にしたたかに背を打つと意識を失った。外にいた護龍の人間たちは奥にいる剣狼を見て、あんな距離から人を飛ばしたのかと驚愕した。簡単に見積もっても4~5mは離れている。
剣狼にしてみれば次から次へと現れる敵に嫌気がさして見せしめを作ったわけだが、その効果は絶大だった。吹っ飛ばされた男の二の舞になるのが怖くなったのか、剣狼が一睨みすると刀を構えていた数人の男たちが一斉に後ずさる。襲えるものなら襲ってみろ。そう心の中で呟きながら剣狼は目的地の扉を目指した。
目的の扉の前に立つと躊躇いもなく叩き切った。扉は分厚い鉄でできていたが、剣狼の刀は豆腐でも切るようにそれを容易に切断していく。幾重にも渡る剣線が走った後に細切れになった扉の残骸が床に落ちていく。奥には石でできた不気味な下り階段が続いているのが確認できた。壁に灯された蝋燭の明かりしかない漆黒の闇の中を剣狼は躊躇うことなく突き進んでいく。
◆◇◆◇
長い下り階段を進んでいくとやがて地下空洞にたどり着いた。異様な大きさの空洞だった。人が数百人は収容できるような大きさの空間。こんなものが護龍武士団の地下にあったのか。驚きながら周囲を見渡すと人為的に作られた壁の彫刻や壁画、彫像といったものを確認できた。古代のものだろうか。歴史に疎い剣狼にはよく分からなかったが、かなり古いことは間違いない。ふと鼻先によぎったのはわずかな腐敗臭だった。不審に思って臭いの先に向かってみると空洞の隅の方に下穴が開いているのが確認できた。暗くてよく見えなかったために手近にあった蝋燭で照らしてみた後に絶句した。穴の中に夥しい人間の死体が放りこまれていたからだ。幾重にも重なった死骸の中にはすでに死後から数十日も経過していたのか、蛆が沸いているものも少なくなかった。人間が人間に対してここまでの扱いができるものなのか。あまりの光景に流石の剣狼も吐き気を覚えた。
(完璧に狂ってやがる。)
昨日今日でこの量になることはない。供養されることもなくこんな穴の中に放り込まれた犠牲者のことを思うと気分が悪くなった。せめてもの供養にとしばし手を合わせた。
一刻も早く獅堂頬月を止めなければ。決意を新たにすると剣狼は洞窟の奥に向かって歩いていった。
◆◇◆◇
奥に向かうにつれて地肌が剥き出しになった通路から石畳の人為的なものに切り替わっていった。おそらくは何かの遺跡なのだろう。その上を道なりに走っていくと奥の方に巨大な祭壇が見えてきた。祭壇には頭部が半壊した巨大な邪神像が祀られており、供物を捧げるような石のテーブルには白龍子が横たわっていた。全く身動きをしていない点から意識はないように思われる。そしてその前で一心に詠唱を続ける黒づくめの男の姿を確認できた。その光景を見るなり、我慢しきれなくなって剣狼は叫んだ。
「狂信者め、何の呪いか知らんが王子さんを返しな!」
男は詠唱しながらも剣狼の方を一瞥し、両手を掲げた。同時に剣狼の足元が隆起し、中から無数の人間の手の骨が現れて剣狼の足を捕まえようとする。剣狼が思わず後ずさると地面から白骨化した死骸の兵隊が現れた。




