白の王子と蒼の王 黒の反乱(11)
闘気による蒸気の中から現れたのは混虫のそれを思わせる全身装甲だった。剛魔合身。体内に宿した大蜘蛛の力を解放することで人外の力をその身に宿す戦闘形態。全身に蜘蛛の鎧を身に纏った剣狼は石動に向かって刀を向けた後に脇構えに構えた。同時に脹脛付近にある空気の射出口から膨大な空気が溜まっていく。大地をえぐる勢いで踏み込むと同時に限界までため込んだ空気を一気に射出させる。驚異的な加速力で剣狼は敵に迫った。
この技こそ『絶影・迦楼羅』。蜘蛛の特殊能力と自身の奥義を組み合わせることで影すら消える加速と馬力を可能とする剣狼の新たな特殊能力のひとつである。一瞬にして懐に入ってきた剣狼に石動は全く反応できなかった。その隙は一瞬のものであったかもしれないが致命的なものだった。ズンッという鈍い音が響いた時には石動の心臓には剣狼の刀が深々と突き刺さっていた。
「そうなっちまったらもう助からねえ。せめてもの情けだ。地獄へ送ってやる。」
「剣狼うううううっ!!!」
心臓を潰されたというのに石動は全く応えることなく剣狼を捕まえようと手を伸ばす。だが、剣狼はその前に次の行動を起こしていた。突き刺した刀を両手で持ったまま石動の懐深くに潜り込む。自然と石動を持ち上げるような態勢になった後で脹脛の射出口に残った空気を爆発させた。まるでロケットの噴射のように足元の空気が爆発して派手な土煙が上がると同時に石動と剣狼は上空に舞い上がっていた。足場がなくなったことでバランスを崩した石動に剣狼は容赦なく切りかかった。
一閃、二閃、三閃、四閃、五閃。数えきれない剣閃が石動の体中に刻み込まれる。
「とどめだっ!!!」
最後の仕上げに剣狼は体内に溜め込んだ闘気をエネルギー破にして石動の身体にぶつけていた。苦悶の表情を浮かべる暇もなく石動の身体が爆散する。爆発の中、剣狼は地上に降り立った。だが、すぐには変身形態を解かずに周囲の警戒を行った。以前の苦い経験が彼をそうさせたのだ。周囲に敵の気配がないことを確認した後に元の獣人形態の姿に戻った。
「…ふう。」
敵を倒したことによる安堵の溜息をついた後に剣狼は懐からちり紙を取り出して刀の血と脂を拭い取った。そして鞘に納めた後に天龍王となつめの後を追った。
◆◇◆◇
「あいつら、ちゃんと逃げたかな。」
そう思いながら剣狼が歩いていると少し離れた先に小さな人だかりができているのを見つけた。一体なんだ。興味本位で人込みに潜り込んでその中心を覗き込むことに成功した剣狼は絶句した。そこには腹から血を流して横たわっているなつめの姿があったからだ。血だまりの中で舞い散る桜はたちの悪い悪夢を思わせる光景だった。
「どけっ!どけよっ!」
野次馬を力任せに押しのけるとなつめの元に駆け寄った。なつめを助け起こすと彼女は力なく目を開けた。最初は表情を強張らせていたが、視界に映ったのが見知った顔なので安堵したのかほっとした表情を見せた。
「…剣…狼殿か。」
「しゃべるな。この傷なら手当をすればまだ助かる!」
慌てて制止しようとする剣狼の肩をなつめは掴んだ。その表情には哀しさと申し訳なさが溢れていた。
「白様が…連れ去らわれた。私がついていながら…すまない…。」
そう言ってなつめは目から大粒の涙を流して謝罪した。悔しかったのだろう。ぼろぼろと涙を流す瞳を剣狼は真っすぐに見つめながら首を横に振った。そしてなつめを抱き寄せると頭を優しく撫でてやった。
「心配するな。あいつは俺が必ず助けてやる。」
なつめはしばらく嗚咽していたが、安心したように意識を失った。
だれかが呼んだのであろう、その場に駆け付けた医者が剣狼の表情を見て凍りつく。まるで悪鬼羅刹のような凄まじい形相だったからだ。
(獅堂頬月。目的のためなら自分の娘すら斬って捨てる外道が。こいつらを傷つけた落とし前は必ずつけさせてもらうぜ。)
その手と着物にはなつめの血がべっとりとついていた。それに構わずに犬歯を剥き出しにしながら剣狼は心にそう誓いながら吠えた。その叫びは周囲に哀しく響き渡った。




