白の王子と蒼の王 黒の反乱(9)
次の日、剣狼は一人で屋敷の敷地内を出て街の方に向かっていった。大通りから少し外れた団子屋に入って席に着くなり団子を3人前と茶を注文した。団子をむさぼっていると対面上の席に一人の女が座った。
「ご依頼の件、調べさせていただきました。おっしゃる通り、黒ずくめの集団による人攫いが横行しているようです。」
「…やっぱりそうか。」
彼女は早霧。天龍王の近衛の隠密衆『影のもの』の統率者にして凄腕の忍びである。今回の一件では剣狼のサポートを行うように天龍王から命じられている。剣狼にしてみれば頬月の怪しい行動の裏付けが欲しかったところなのだが、早霧によって裏付けが取れたわけである。これは早々に乗り込んで悪事を辞めさせる必要があるだろう。最も万が一の事態も考えられるためにあらかじめの根回しをする必要がある。
「何かあった時の保険が必要だ。剛鉄に応援を頼めるか。」
「すぐに手配しましょう。若干の時間は必要ですが、連絡がつき次第にこちらに向かわせます。」
「頼む。」
剣狼の言葉に早霧は静かに頷くと一瞬にして姿を消した。同時に皿の上の団子が全て消える。その素早い動きに目を瞠ると同時に食い意地の悪さに若干呆れる。
「あいつ、まだ一個しか食ってないってのに。」
甘味好きの早霧。少尉が教えてくれた彼女の異名が噂通りのものだと実感しながら剣狼は再び団子を注文する羽目になった。
◆◇◆◇
次の日、僕はなつめと剣狼を伴って河原に来ていた。
あまりにもいい天気だったために弁当でも持って花見に出かけるのも楽しいのではないか。そう考えたからだ。ちょうど桜も咲く季節になっている。僕の提案になつめは賛同してくれたが、剣狼は何故か出かける寸前まで渋っていた。「なんでこのタイミングで」と言っていたが、僕の再三に渡る説得に最後には折れてくれた。どうせなら三人一緒のほうが嬉しいので本当によかった。
剣狼は乗り気ではなかったにも拘らず、率先して簀巻きにした茣蓙を抱えて付き合ってくれた。河原に着くとすでに多くの花見客が集まって宴会を行っていた。剣狼は少し人込みから離れた一角に茣蓙を広げて僕たちに座るように促してくれた。
「こうなったらやけっぱちだ。」
「やけっぱちって。どうしたの、剣狼。」
「剣狼殿、いったいどうしたというんだ。」
「はっはっは。いいんだよ、どうでも。」
剣狼の様子に首を傾げながらもなつめは持ってきていた風呂敷を広げる。中には豪華な装飾を施された重箱が入っており、中身に期待した僕と剣狼は感嘆のため息をついた。
「微力ながら腕前を振るわせていただきました。見栄えはよろしくありませんが、よろしければお召し上がりください。」
そう言って重箱の蓋を開ける。期待で顔を輝かせた僕と剣狼は中身が現れるにつれて顔を曇らせた。なんというか残念な見た目だったからだ。力任せに握ったのかおにぎりは形が崩れてところどころに米粒が散らばっていたし、揚げ物と思われる塊は真っ黒焦げになっていた。卵焼きだろうと思われるそれは成型できずにぐちゃぐちゃになっていた。
「こ、これは。」
「申し訳ありません。何分、普段の修行が足りておらずにこのような結果に。」
「まあ、まずは食ってみようぜ。」
躊躇う僕を制して剣狼はおにぎりを手に取って口に運んだ。そして噛みついた途端にガキンッという金属音のような鈍い音が響き渡る。どうしておにぎりを噛んでガキンなどという異音がするというのだろう。
「……。」
どうやら顎を痛めたのか、剣狼は黙っておにぎりを口に運ぶのをやめた。剣狼の態度を見ておにぎりを食べることに非常に抵抗を感じた僕はなつめの方をちらりと見た。期待と不安が入り混じった表情でこちらを見ているために重箱の蓋を閉めることに非常に抵抗を感じた僕は黙って目を瞑って箸を突き刺した。
恐る恐る薄目を開けると黒焦げになった唐揚げらしき何かが箸に刺さっていた。しまった。心の中でそう呟く。だが、箸に刺してしまった以上食べるよりほかはない。覚悟を決めて口の中に放り込む。咀嚼した瞬間に感じたのは口いっぱいに広がる炭の味だった。どうして食べ物からこんな味がするのだろう。というよりは食べ物の味ではない。我慢できなくなった僕は慌てて懐からちり紙を取り出すと炭の塊を出して包んだ。
「白様っ!申し訳ありません。」
「いや、いいんだけどさ。なつめ、これって味見した?」
「いえ、作ったのはいいのですが、あまりにも恐ろしい見た目に口にすることが怖くなりまして。」
しょんぼりしながらなつめは弁明する。当初は屋敷の料理番に作ってもらおうと思ったのだが、間の悪いことに所用で席を外していて戻ってくるのは夕方だった。ならばと台所に立ってみたのはいいものの見様見真似では勝手が分からずにこの有様になったという。
なつめも大変だったのは分かったのだが、問題はこの弁当をどうするかだ。流石にこの弁当に手を付けるのは恐ろしくて気が引ける。
そう思っていると剣狼はひょいと重箱を持ち上げると弁当をがっつき始めた。それに驚いた僕が叫ぶ。
「剣狼!大丈夫なのっ! 無茶しないほうがいいよ!」
「ふるへー、ひずかにひろー、しゅーちゅーへひねー(うるせえ、静かにしろ、集中できねえ)」
そう言って涙目になりながら剣狼は弁当を食べ始めた。僕はなつめの方をチラリと見た。彼女は羞恥と感激からか顔を真っ赤にしながら目を潤ませていた。




