白の王子と蒼の王 黒の反乱(8)
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白龍子と話を終えて別れた後、剣狼は先ほどの黒づくめの一団の足取りを追った。遠目からなのでよく分からなかったが、彼らの抱えていた麻袋の大きさからして恐らく中身は人だろう。何のつもりかは知らないが拉致や誘拐などの類であることは間違いない。
(王子さんも気の毒にな。)
仮にも保護者となる人間が犯罪に手を染めていることが明るみに出れば白龍子の立場も悪くなろう。少しの間の交流しかしていないが、あの天然もののお人よしに剣狼は少なからずの好感を覚えていた。ただしあの甘さが命取りにもなる。長年、悪党と接する機会が多い剣狼はああいうお人よしが損をするのはよく分かっていた。止めるなら早い方がいいに決まっている。
屋敷の中に入っていった一団の後をつけていくと廊下の奥にある鉄の扉の中に入っていった。開けようと試みたがどうやら向こうから鍵がかかっているようでこちらから開けることができないようだ。刀で叩き斬るべきだろうか。そう思って思案していると後ろから声をかけられた。
「そこで何をしている。」
驚いて振り返ると一人の壮年の男が剣狼を睨みつけていた。フードを被っているせいかその顔をはっきりと見ることができないが、ここに来る前に天龍王から見せられた写真で見た獅堂頬月の面影に一致した。最も写真と違って顔色は異様に青白いし、なんとなく頬もこけているように見受けられた。いつの間に背後を取られた、剣狼は内心でそう思いながら男の隙を伺った。
「すまんね、厠を探していてね。」
「そうか。厠をな。」
そう答えながらも男の気配が変わったのを剣狼は感じた。凄まじい殺気だ。しかもそれを隠そうともしていない。腰の刀に手を添えているということは仕掛けてくる。そう思った剣狼は愛想笑いを浮かべながら腰の刀に手を添えかけた。
一触即発の異様な気配が周囲一帯を包み込む。何かのきっかけがあればすぐに命のやり取りが行われる。緊迫した状況のまま、お互いに動けなくなった。
「…剣狼殿、こんなところで何をしているんだ。」
ふいに後ろから声をかけられて剣狼はひどく驚いた。声をかけたのはなつめだった。なんて女だ、こんな時にタイミングが悪すぎるだろう。なつめの間の悪さを剣狼は内心で呪った。
「なつめか。」
「父上、そのような殺気を放っていかがなされたのですか。まさかとは思いますが、その殺気は剣狼殿に向けられたものではありませぬか。」
「なに、ネズミが紛れ込んでおるかと思っただけのことよ。」
「剣狼殿は天龍王様直々に遣わされたお客人です。そのような不遜なお考えはおやめ下さい。」
なつめの言葉に頬月は眉をしかめた後で殺気を解いた。そして剣狼の横を通り過ぎる際に囁いた。
「あまり嗅ぎまわらぬことだ。命が惜しいのならばな。」
剣狼はその言葉を聞き流しながら道を譲った。頬月はそのまま通り過ぎると鉄の扉を開けて中に入っていった。その後、すぐに重々しく扉は閉まって内側から鍵がかけられた。
「剣狼殿、悪いことは言わない。父上には関わるな。命をなくすぞ。」
「自分の父親に対する言葉とは思えないな。」
「今の父上がまともでないことは私ですら分かるよ。」
「ああ、そうだな。まともではない。」
剣狼はそう言って鉄の扉を睨んだ。臭いを薄めていたせいでなつめは気づかなかったようだが鼻のいい剣狼には頬月が発する臭いが何なのかを察することができた。あれは死臭だ。生きた人間の臭いではない。獅堂頬月。奴はすでに死んでいる。
事態は思ったよりも悪い状況に進んでいる。剣狼はそう思いながらその場を後にした。
去っていく剣狼の表情があまりに暗かったために声をかけられなかったなつめはその背中を黙って見送ることしかできなかった。




