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白の王子と蒼の王 黒の反乱(5) 

その日も道場で素振りの練習をしていた剣狼と僕は道場の入り口で諍いが起きているのに気付いた。何事だろう。そう思って諍いの様子を注視した瞬間に青ざめた。門下生たちに抑えられているのが四剣王でも武闘派で知られる石動剛基であったからだ。石動は怒っていた。理由はある程度察することができる。なつめとの一件をすでに別のものに聞いて剣狼に勝負を仕掛けにきたのだ。

門下生たちを乱暴に振り払った後に石動はドシドシと足音を立てながら剣狼の元に迫った。そして道場全てに聞こえるような声で怒鳴った。


「他流の狗が幅を利かせていると聞いたっ!! 貴様のことで相違なかろう!」


一言一言発するたびに道場がびりびりと振動するような大きな声だった。側で聞いている僕でも鼓膜が破れそうな大声だ。人より耳がよい分、剣狼はさらにひどかったのではないかと思う。実に五月蠅そうに片耳を抑えながらその声を聞き終えた後で答えた。


「お前、耳は大丈夫か。」

「なんだと?」

「そんなに大声だと普段からの自分の声で耳が馬鹿になってるんじゃないのか、そう思ってな。悪い、余計なお世話だったな。」

「…貴様。」


剣狼の言葉を挑発と受け取ったのだろう。瞬間、石動の身体から殺気が迸る。石動は四剣王の中でも一番気が荒く武闘派で知られている。怒りだすと手が付けられないのだ。一度、門下生が再起不能にさせられることを見ていた僕は間近で行われる緊迫したやり取りに気が気ではいられなかった。

ふいに石動は前置きもなく剣狼目がけて抜刀すると容赦なく振り下ろした。抜刀する瞬間さえ見えなかった。寸止めすらない完全な殺意。僕の目は剣狼が斬られたように錯覚して腰を抜かしかけた。だが、それは残像だった。石動が剣を振り下ろした時にはすでに剣狼は石動の側面に移動して彼を睨みつけていた。その動きが終えなかったのだろう。石動の目が驚愕で見開く。


「かわした、だと。」

「…前置きもなく刀を抜いたということが何を意味するのか分かっているのか。」


これはまずい。護龍武士団は蟄居閉門こそさせられてはいないものの他との諍いを天龍王様から硬く禁じられている。仮にも天龍王様の兵である男に危害を加えようとすれば、その責は石動だけではなく一門全体に及ぶ可能性がある。そう思った瞬間には僕は行動を起こしていた。

とても怖かったが石動の前に立つと間髪入れずにその頬を思い切りひっぱたいた。僕の行動が予想外だったのだろう。叩かれた石動はもちろん剣狼さえ驚いてポカンと口を開けていた。


「石動剛基!私の客人の前で刀を抜くとは何事か!」

「は、白龍子様。しかしこの男は。」

「貴様がしたことは私に剣を向けたも同然だぞ。恐れ多くも天龍王様の私兵に害を及ぼせばどうなるか分からない貴様でもあるまいっ!!」


僕の一喝に石動ははじめて自分の仕出かしたことの恐ろしさに気づいたようだ。僕はすぐに剣狼の方を向くと腰まで頭を下げて謝った。


「剣狼殿、石動の無礼、どうかお許しください。このようなことが二度とないようによく言って聞かせますから。お頼み申し上げます。」

「お、おう。気にすんな。」

「白龍子様、このような野良犬に頭を下げるなど…」

「石動っ!!」


僕の剣幕に圧倒されたのか石動は憮然としながらも頭を下げた。振り下ろす怒りをどこに向けていいものか分からなくなった剣狼はバツが悪くなりながらも答えた。


「もういいからよ。王子さん。あと石動だっけか。頭を上げてくれ。こういうのはどうも苦手だ。」

「剣狼。」


頭をあげて彼の方を見ると照れくさそうに頭をかいていた。石動は顔を真っ赤にしながら踵を返すと道場を後にした。そんな彼の背中を眺めていると剣狼から声をかけられた。


「単なる箱入り息子かと思ったら案外と骨があるじゃないか。見直したぜ。」

「勘弁してよ、心臓とまるかと思ったんだから。」

「ははは、そりゃ大変だ。」


僕の返答が面白かったのか剣狼は実に愉快そうに笑った。それにつられて僕も笑った。共に感情を共有したことで剣狼と前よりも親しくなれた気がして嬉しかった。




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