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白の王子と蒼の王 黒の反乱(2) 




              ◆◇◆◇  




「白様、起きてください、白様。」

「ああ、なつめじゃないか。どうしたんだい。」


ふいに肩を揺さぶられて僕はまどろみの中から強引に現実に引き戻された。寝ぼけ眼で辺りを見渡すと屋敷の縁側だった。どうやら日向ぼっこの最中に陽気の暖かさのせいで眠ってしまっていたらしい。僕を起こしたのは顔見知りの少女だった。後ろでまとめた赤毛のくせ毛が特徴的な彼女は気の強そうな瞳を僕に向けながら言った。


「今日の午後は剣術の教練だと申し上げていたはずですよ。酷いじゃないですか、こんなところで昼寝しているなんて。」

「ごめんごめん、そうだっけ。」

「もう…そうですよ。」


僕を眠りから覚ましたのは獅堂なつめ。若干22歳で四剣王の一角の座を射止めた若き女剣士であり、護龍武士団統領の娘だ。護龍武士団の中でも彼女の存在は取り分け異端に部類される。100人程度で構成される護龍武士団はその全てが幼いころより厳しい修行を積んできた剣の達人たちだ。その中で女であるなつめが頭角を現したのは彼女自身の努力や才能はもちろん、四剣王の証である剣神と呼ばれる意思持つ剣に選ばれたからだ。四剣王の剣は四つあり、それぞれが地、水、風、火に属している。彼女はそのうちの火の剣神に選ばれている。最もまだ自由に操ることはできずに腰に指したままのお飾りになっているが、その剣の腕前は他の門下生とは比べ物にならない。

彼女は持ち前の面倒見の良さと責任感の強さから僕がここに引き取られてからは姉のように僕に接してくれた。そのことは凄く感謝しているし、僕も彼女のことを嫌いではない。だが教育にうるさいのには辟易している部分はある。彼女は僕に熱心に護身用の剣術を勧めるのだが、何度かやって潔く諦めた。どうも僕は母様の体内に運動神経というものを置き忘れて育ったらしい。なつめの教え方が悪いというより、体が頭の中のイメージに全くついていかないのだ。本を読んだりするほうが余程性に合っているのだが、なつめはそれでは許してくれない。このご時世、どのようなことが分かりません。いつ何が起こっても備えられるようにするのが龍王家に生まれた白様のお役目なのです。そう言って彼女はことあるごとに僕を修練に連れ出そうとするのだが、僕としてはさっきみたいにゆっくりと寝られればそれでいい。第一、僕のような半端ものが世俗に出るようになる事態となれば兄様に迷惑がかかってしまう。それに道場にはあまり行きたくない理由があるのだ。だから誤魔化そうかと考えた。


「ふああ、どうだろうか。こんなに天気がいいのだから剣の稽古はやめてお弁当でも持って出かけないか。そのほうが余程有意義に過ごせるよ。」

「その手には乗りませんよ。」

「あはは、やっぱり駄目か。」


なつめは真面目だなあ。僕は仕方なく立ち上がると部屋に戻って稽古の準備をした後に道場に向かった。道場ではすでに幾人かの門下生たちが厳しい稽古を行っていた。僕が入ると同時に稽古の手を休めて一斉にこちらに礼をしてくる。これだ。これがあるから僕は道場に行きたくないのだ。幼いころから面倒を見てくれるなつめはともかく、他の門下生は僕のことを守るべき龍王家の象徴として崇めてくれる。そのこと自体は凄く有難いことなのだが、平和に何事もなく暮らしたい僕としてはその視線が酷く重く感じることがあるのだ。

その上、僕には剣の才能がない。自分たちの上に立ち、ゆくゆくは導く象徴として僕を見る護龍武士団の戦士たちは時折異様ともいえる期待を込めた目で僕を見るのだ。

護龍武士団一門は元は僕の父である黒龍王の近衛を務めるほどの剣の名門だった。だが、兄様である天龍王様が政権を奪取してからは中央から退けられて一地方の守護を任されるだけの存在に貶められている。僕を引き取ったのもゆくゆくは自分たちの処遇を見直してもらうための一助としてだったのだろう。育ててもらっておいて言うのも気が引けるが、僕にはその期待が凄く重い。そもそも表舞台に出たくないのだ。できることならさっきのように日中は縁側の軒下で日向ぼっこをしながら昼寝をする。そして雨の日は本を読んで過ごす。そんな生活を送って生涯を終えられたら何も言うことはないのだ。

僕がそんな物思いをしているとすでに準備を終えたなつめがやってきた。稽古着に身を包んだ彼女は凛とした魅力と気迫、そして自信に溢れていた。


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