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白の王子と蒼の王 黒の反乱(1) 

僕の名は白龍子。この国の王である天龍王様の弟だ。

僕と兄さまが初めて出会ったのは僕が三歳の頃。育った離天宮の庭だった。

その日、僕はいつものように蹴鞠遊びを一人でしていた。その頃、遊び相手が誰もいなかった僕の相手は壁に向かって蹴ると跳ね返る蹴鞠しかなかった。蹴鞠遊びに夢中になる僕に背後から声をかけてきたのは一人の男の人だった。


「それ、面白いか。」


知らない人だった。この離宮に入ってくるのは父様である黒龍王様か話しても答えない護衛の黒ずくめの兵士達ばかりだったので内心で凄く驚いたのを覚えている。僕はびっくりしながらも答えた。


「ううん。でもほかにすることもないから。」

「…そっか。」


これが僕と兄さまの出会いだった。後になって知ったのはこの時にすでに兄さまは父である黒龍王様を弑逆していたそうだ。母様もその時に燃え落ちる王宮に残り、父様と運命を共にしたらしい。でも僕はそのことを聞かされても泣くことができなかった。薄情なことかもしれないが母様とは数えることしか会ったことがなかったし、僕と会っても全然嬉しそうな顔をしなかったからだ。父様も母様も凄く冷たい目を僕に向けてきた。

「呪われ子」「出来損ない」それが彼らにとっての僕の呼び名。龍族の力の源となる龍気を自分で起こすことができない代わりに周囲の龍気を全て奪い取ってしまう僕は彼らにとっての厄介者に過ぎなかった。今考えると離宮というのはそんな僕を遠ざけて幽閉する檻だったのだのだろう。兄さまはそんな哀れな僕をじっと見た後に目を瞑って思案した。そして目を開けて言った。


「ここから出たいか。」


その質問の意図がよく分からずに僕は首を傾げた後によく考えた。よく考えても分からなかったのでそのままを正直に答えた。


「よく分からない。」

「分からない?なんでだよ。」

「外の世界のことを知らないから。ぼく、ここから出たことがないんだ。」


そう答えると兄さまはポカンと口を開けた後に「あー、くそっ」と頭をボリボリかいた。そして手を差し伸べた。


「お前を外の世界に連れて行ってやる。」

「え、でもそんなことしたらお兄さんが怒られるよ。」

「俺のことはいいんだよ。ガキはガキらしく自分のことだけ考えやがれ。」

「でも…」

「出たいのか!それとも出たくないのか!」

「…出たいです。」

「よし、まかせろ。」


正直な気持ちを伝えると兄さまはにっこりと笑った。それは僕が知っている大人たちが僕に向ける表情とはまったく違うものだった。お日様のようなまぶしい笑顔。その笑顔を僕は今でも忘れることができない。兄さまの差し出した手をおずおずと握るとそこから熱のような温かみを感じた。とても大きく力強い手。兄さまは僕の手を引いて外へと連れ出してくれた。びっくりしたのはいつもなら門を開けてくれない黒づくめの兵士たちが誰もいないことだった。代わりに目つきの悪くて帽子を深めに被った軍人さんがそこにいるだけだった。軍人さんは少しだけ驚いた表情をした後に僕に軽く会釈して門を開けてくれた。僕は兄さんに連れられて初めて門の外に出た。

外の世界は新鮮な驚きで一杯だった。離宮にいる人以外の人間などはじめて見たし、活気に溢れた街や行き交う沢山の人々がいることは衝撃でしかなかった。あれはなんですか。これはなんですか。僕が尋ねるたびに兄さまは苦笑いを浮かべながら説明してくれた。今考えるとあの笑顔はそんなことも知らないのかという呆れの笑顔でもあったのかもしれない。それでも兄さまは一つ一つを丁寧に教えてくれた。とある出店で肉の串焼きを買ってくれて僕に差し出した。肉汁が滴ってとても美味しそうだった。なにより離宮で出される食事のように冷たくないのが嬉しかった。でも箸もないし机もないのにどうやって食べるんだろう。僕が戸惑っていると兄さまは笑いながら教えてくれた。


「これはこうやって食べるんだよ。」

「え、でもこんなことしてるの見られたら怒られちゃう。」

「誰も怒らないさ。安心して食え。」


兄さまに促されて恐る恐る見様見真似で串焼きをかじる。かじった瞬間に口の中一杯に肉汁が溢れる。一口食べて分かった。これは凄い。凄く美味しい。夢中になって食べる僕に兄さまはにっこり笑った。


「なあ、出てきてよかっただろ。」

「はいっ!よかったです。」

「ならいい。お前はいろんなことを知らずに育ったんだ。これからは世間というものを知って沢山のことを知れ。その上で自分自身がいろんなことを決めるんだ。俺のようにな。」

「お兄さんは誰なんですか。」

「天龍子。白龍子、お前の兄さんだよ。」


そこで初めて僕は自分に兄さまがいたことを知った。後から聞かされたのだが、兄さまは僕のことを殺すために来ていたらしい。黒龍王の直子である僕は彼にとっては自らの王位を脅かす存在となり得る可能性があるからだ。でも兄さまはそれをしなかった。何も知らない僕を不憫に思ったのだろう。そのことが分かってから兄さまは僕の憧れの人になった。



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