閑話休題 剛鉄大改造計画(7)【終】
魔弾の射手と別れた後に少尉は元の席に戻った。酒の席は更に混迷を深めていた。詫びを入れても酒を飲まされる寅之助。その場を仕切りながら目を座らせて飲み続ける孤麗。そして彼女をさらにけしかけるこはね。酒の入りすぎで笑い上戸になっているリムリィ。頭が痛くなりながら少尉はその惨状を遠巻きでしばし眺めた後にきびつを返そうとした。
だがすぐに見つかってしまい、諦めて席に着いた。席に着くなり孤麗は少尉に頬ずりしようと抱きついてこようとする。酔っぱらいすぎだ。少しは羞恥心を覚えろ。そう思いながらひっぺ返してもまたくっついてくる。何を思ったのかリムリィまで孤麗を習ってくっついてこようとするから質が悪い。手が付けれないと寅之助に助けを求めようと彼のほうを見るとすでに酔いつぶれていた。あろうことか、こはねの膝枕で介抱されているではないか。こちらの視線に気づいてこはねは困ったように微笑んだ。
役に立たないやつめ。そう心の中で毒つきながらも頭の中で考えているのはいかにこの二人を鎮静化させるかだ。こうなれば酒で黙らせるしかない。孤麗とリムリィの抱きつき攻撃を避けながら少尉はメニューの中からあの酒を探した。あった。これしかない。少尉は通りすがろうとした店員を呼んでメニューを指さした。
「すいません。ソウルフレアください。」
ソウルフレア。それは極寒の寒さを誇るフェンリル神聖帝国であっても決して凍ることのない凄まじいアルコール濃度を誇る酒。アルコールは一般に濃度が高ければ高いほど凍りにくいと言われている。そんな中で決して凍ることがなく少量で体に火が灯るように火照ることから国民に愛される酒がソウルフレアだ。これを飲ませて黙らせるしかない。自分でも大人げないとは思ったがなりふり構っていたらどうなるか分からない。手段は選んでいられなかった。店員が持ってきたソウルフレアを孤麗とリムリィのグラスに注ぐと二人は躊躇うことなく一気飲みした後に同時に突っ伏して倒れた。孤麗を見るとすやすやと眠っているようだった。危ないところだった。そうホッとした少尉に更なる困難が襲い掛かった。
「…少尉殿…気持ち悪いです…吐く…」
「ここで吐くなよ、頼むから!」
こんなところでそれをやったら確実に出禁を食らう。慌てて少尉はリムリィをトイレに連れて行った。肩を貸すように個室トイレに連れて行った後に外で待っているとしばらくのうめき声の後に水を流す音が聞こえてきた。なんだか少し悪い気がして罪悪感に駆られていると扉越しから声がしてきた。
「…しょういどの、みんなと…おさけはたのしいですねぇ。」
「ああ、そうだな。…悪かったな。辛い思いをさせて。」
「えへへ、でもたのしかったなあ、…孤麗さんもうれしそうで。」
「そうだな。」
こんな時でも孤麗の心配か。お人好しめ。そう思いながらも少尉はリムリィを少し見直していた。ただのドジ娘ではない。何も考えていないに見えても人のことを考えてあげられる気遣いを持っているのだ。そんなことを思いながら少尉はリムリィが落ち着くまで待ち続けた。
◆◇◆◇
次の日。
あまりにも会議参加者が欠席したためにその日の『次世代機動列車改装会議』は中止となった。欠席者の大半は二日酔いで外に出られない有様だという。若干一名ほどは外傷により療養が必要だということである。誰のことか確認してみたところ、自国の王様だということなので心配することをやめた。
ライフルで心臓を撃たれても死ななかった人間を誰が心配するものか。まあ、どうやって彼が痛めつけれたか若干気にはなったが、深くは考えないことにした。そんなわけで会議室に一人取り残された少尉はため息をつきながら自分の机に置かれた資料を眺めた。剛鉄強化案(白神)と書かれた資料には昨日帰った後に作成したものだ。事細かに剛鉄の強化策をいくつか書いてある。概要としては強化外部装甲の追加、そして瞬間噴射ジェットエンジンの追加、主兵装には大型ガトリング砲を追加装備してもらうように書いている。突拍子がないものは何もないため面白味には欠けるが、確実性の高いものになっている。
なぜこんなものを急きょ作成したか。昨日の話し合いが不毛なものであったことは勿論だったが、もう一つ重要な理由があった。昨日の去り際に魔弾の射手が言っていたことが気になったからだ。黒龍王との戦いの中で最も障害となった『死者の王』の姿を亡霊の騎士団の中に見たというのだ。奴が生きているとすれば並大抵の軍勢では歯が立たない。それが分かっていたからこそ少尉は今の自分にできる準備は全てしておこうと思ったのだ。
にもかかわらず誰も聞く者がいないことに少尉はため息をついた。
「何をやってるんだろうな、私は。」
少尉をあざ笑うかのように外の空は晴れ渡っていた。真面目に働くのが馬鹿らしくなるくらいに気持ちのいい天気だった。窓を開けて煙草を一本吸う。煙がぷかぷか浮くのを見ながら少尉は思った。今日はもういいや。私も気晴らしに出かけることにしよう。そんなことを思いながら少尉は部屋を後にした。




