閑話休題 剛鉄大改造計画(2)
会議内容は大まかにはこうだった。軍部だけではなく広く公募した国民からのアイデアも取り入れて剛鉄をさらに強化する。国民の意見も取り入れることによって武装列車といったものを国民たちにもさらに受け入れやすくすることが狙いだ。最も歯止めが効かなければ突飛な意見が採用される恐れがある。そこで実際に機動戦車を操る少尉と寅之助にも判断してもらうことで整合性のある武装を生み出そうということになったのである。
「それではまず立案1から参りましょう。お手元の資料の1ページをご覧ください。」
少尉達が資料を開くとそこには大砲で飛ばされる剛鉄の姿が描かれていた。一瞬、少尉の時間が止まる。同時に場内は騒然となった。ざわめく皆を無視しながら孤麗は説明を続ける。
「巨大な大砲で剛鉄を撃ち出すことで瞬時にして目的地へと届けます。これによって戦地にたどり着くまでの時間を大幅に短縮して防衛部隊の戦力消費も抑えることができます。」
「待て待て待て。これを撃ち出した後のことを考えた奴は想像しているのか。」
とんでもない意見がいきなり出てきたものだ。仮に巨大な砲弾となった剛鉄は目的地に向かって確実に飛ぶだろう。発射した時の勢いのままに。着弾と同時に凄まじい衝撃を全身に受けてバラバラになるに決まっている。悪い冗談にも程がある。そう言って立ち上がった少尉はこの案の非常識さを皆に熱弁した。誰もが納得して頷くのを確認すると安心して席に着いた。興奮を落ち着けるように茶を飲みながらぼやく。
「却下だ。却下。だれかは知らないが考えた人間の顔が見てみたいものだ。」
「だそうですよ。発案者の天龍王様。」
「ちぇー、いい考えだと思ったんだけどな。」
孤麗と天龍王のやり取りを聞いた瞬間に少尉は口に含んでいたお茶を全てぶちまけていた。たまたま少尉が向いていた向きが寅之助だったために寅之助の顔が水浸しになる。
「…上等やないか。表出ろや。」
「待て待て、悪かった、不可抗力だ。だいたいこの案が採用されたら虎鉄も空に撃ち出されることになるんだぞ。お前はそれでもいいのか。」
「う……。そりゃまあ嫌やけどな。」
濡れた顔を少尉の差し出したハンカチで拭きながら寅之助はしぶしぶ納得した。そんな二人のやり取りが落ち着いたのを見計らった後に孤麗は続けた。
「それでは次の案ですね。2ページをご覧ください。」
少尉達が資料をめくるとこれまた凄まじい絵が描いてあった。剛鉄の全身が見えないくらいに膨大な砲弾がびっしりと覆われていた。その姿は武装列車というよりどう見ても針鼠にしか見えなかった。
「この案の発案者は第零番隊の山本寅之助特務曹長ですね。ちょうどこの席に参加していますし、ご説明をお願いします。」
「よっしゃ、まかせや。この案は前回弾切れになった反省を生かして考えたもんや。名付けてイソギンチャク!どうや、素晴らしくセンスに溢れた名前やろ!」
イソギンチャクって…。その場にいた天龍王以外の全員が絶句した。例外である天龍王だけはやんややんやと喝采を送っていた。真面目に聞いているというよりは単純に面白がっているようにしか見えなかった。王の機嫌がいいことを見て寅之助が調子に乗る。
「ええか。この武装は全身に大小様々な大砲をくっつけることで全方位から攻撃することが可能になるんや。ば――んと行ってばばばばば――んと撃ちまくってぎゃぎゃぎゃぎゃ―んと離脱する。敵は蜂の巣や。どうや、凄いやろ!」
自信満々にのけ反っている寅之助の横で少尉とこはねがコソコソと話す。
「どうして止めなかったんだ。お前ならこの案の致命的な欠陥は分かっただろう。」
「散々言い聞かせたんですけど駄目でした。逆に聞きたいくらいです。この人、どうやったら言うことを聞かせられるんですか。」
尋ねられた少尉はのけ反る陽気な関西人を見た後で一言「無理だな。」と言い切った。「ですよね。」とこはねも項垂れる。ひとしきり擬音ばかりの意味不明な講釈が終わった後に天龍王は清々しい笑顔で言った。
「寅之助君。」
「おう、どうやった、王様、この案は。」
「君の熱意は認めよう。だが、残念ながらこの案は不採用だ。」
「な、なんでや、何があかんというんや。納得いかへんぞ!」
「だってさ、明らかに重量オーバーだもん。」
天龍王の冷静な指摘に寅之助は凍りついた。確かに言われてみればそうだ。普通に考えれば鉄の塊である大砲の砲身をいたるところに着ければ自走不能な重量となる。それでは列車ではなく固定砲台だ。ショックを受けて放心する寅之助を見て少尉は嫌な予感がした。この後に出てくるアイデアもこんなものばかりじゃないだろうな。だが、この案は序の口であることを少尉はまだ知らない。彼の予想を悪い意味で裏切るようにして場は混迷を深めていくのだった。




