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果たせなかった約束 伝えられなかった言葉(14)【終】

長きに渡る追憶を経て少尉は目を開けた。目の前の慰霊碑はただ静かにその場に佇むのみ。決して彼に語り掛けることはない。あれから随分と経ったものだ。国家転覆を図るテロリストとして国軍を相手に立ち回り、国主である黒龍王、そしてその裏側で彼を操っていたベルゼベードを倒すまでの紆余曲折を経てから現在の自分がある。だが、それは自分の物語ではない。語るとすれば天龍王から語られるべき物語だ。

「少尉殿―。」

ふと後ろから呼びかけられて少尉は後ろを振り返った。少し遠くから呼びかけてきたのは孤狼族の少女リムリィだった。一瞬、その顔を見間違えてしまい、少尉は慌てて目をこすった。いるはずがない。自分の妻となったはずの少女はもうこの世にいないのだ。哀しさと気恥しさを覆い隠すように少尉は駆け寄るリムリィに少尉はアイアンクローを仕掛けた。

「いたいいたいいたい!いきなり何をするだー!」

「やかましい、なんでお前がここにいるんだ!」

「コロ兄さまと一緒にお墓参りにきただけですって。孤狼族の人たちが眠っている場所だからということで…あいたたた…」

アイアンクローから解放されてこめかみを抑えるリムリィの言葉に驚いて彼女が走り寄ってきた先を見ると見知った部下の姿を見つけた。少尉の視線に気づくとコロは困ったように笑みを浮かべた後に歩み寄ってきた。


「申し訳ありません。邪魔をするものではないとよく言って聞かせたんですが。」

「いや、構わん。にぎやかなほうがあいつらも喜ぶさ。それにお前にとっても母親の墓参りになるんだからな。」


そういって墓の前に来るように促すとコロは懐から取り出した数珠を持ちながら静かに目を閉じて経文を唱え始めた。慌ててリムリィもそれを真似る。もっとも彼女の場合は経文もうろ覚えだったが。そんな二人を少尉は静かに眺め続けた。祈りを捧げ終えた後に静かに目を開けたコロに少尉は語り掛けた。


「祈りは済んだか。」

「はい、ありがとうございます。」

「そうか。ならいい。」


コロは躊躇いがちに少尉の目を見た後に思い切って尋ねた。


「あの…少尉殿。」

「なんだ。」

「おぼろげにしか覚えてないんですが、少尉殿から見た母はどんな人だったんですか。」


息子であるコロの質問に紅虎の豪快な笑い声が聞こえてきた気がした。なんだかすぐ側に彼女がいるような錯覚を覚えながら彼は懐かしい気持ちになりながら答えた。


「とても強い人だったよ。そしてよく笑う人だった。とても強い意志を持って仲間のために戦ったことを鮮明に覚えている。」

「僕は母さんに似ていますかね。」

「お前の負けん気の強さはお母さん譲りだ。」


育ての親である少尉の言葉にコロは安心して微笑んだ。そんなコロの頭をわしゃわしゃと撫でまわした後に少尉は皆に言った。


「そろそろ行くぞ。」

「はい。」

「ああ、二人とも置いてかないでくださいよ。」


慌てて走り寄ってくるリムリィに苦笑いを浮かべながら少尉は慰霊碑を眺めた。あの時に伝えたかった言葉は彼女にはもう届かない。いくら願った所で過ぎ去りし日は決して戻ることはないのだ。生き残ったものが生者にできることは彼らのことを忘れずに限りある現在をただ懸命に生きるのみなのだ。

碑の側で佇む白百合の花は風に揺られて優しく揺れるだけで語り掛けることはない。ここに来ない限り過ぎ去りし日を思い返すことはないだろう。だがそれでいい。今はただ駆け抜けるのみだ。いつか仲間たちと冥府で笑って再会するために彼らに恥ずべき生き方をしない。そう心に再び誓いながら少尉はその場を後にした。




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