果たせなかった約束 伝えられなかった言葉(13)
少尉が近衛兵に連れていかれた後に天幕の中は可神の死骸だけが残された。その天幕に入ってきたのは一人の青年将校であった。彼は可神の元に近寄ると死骸の手から水晶髑髏を奪った。そして髑髏の中を覗き込んだ。髑髏の中には解放されない膨大な数の魂が救いを求めて暴れまわっていた。だが、一度囚われた以上、髑髏の中からは逃げられることはない。この戦いで死んだ全ての魂は髑髏の中で不死の王を作り上げるための生贄となる運命なのだ。青年将校はそれが分かっていたからこそ髑髏の中を覗き込んで嗤った。準備はすべて整った。後は呪文を唱えるだけだ。
『トート ディーベフライウング(死を解放せよ)』
その瞬間、凄まじい冷気が天幕周辺を覆った。髑髏に囚われていた全ての霊達が苦しみと怨嗟の声をあげる。それはまるで嵐のように荒れ狂いながら青年将校の身体に纏わりついていった。纏わりついた霊子は人間であった彼の身体を別のものに蝕んでいく。肉が、筋が、骨が剥き出しになっていく痛みが容赦なく彼の身体を襲っていく。常人ならば発狂するような痛みの中で彼は嗤い続けた。すでに狂っているといえた。この儀式は人間らしさすら捨てさせる凄まじいものだったのだ。例え呪文を知っていたとしても可神ではこの痛みに耐えかねて途中で髑髏を投げ出していたに違いない。
やがて暴風のように荒れ狂っていた霊子は彼の身体を纏う衣となって定着した。その姿はもはや人間ではなかった。死霊の王。抵抗力のないものが見れば一発で発狂する姿となった忌まわしき髑髏はこの世に生まれ落ちたことに歓喜の声をあげた。この世のものとは思えない叫びに驚いて天幕の中に入った兵士は凍りついた。それはそうだろう。天幕の中に明らかに人間ではない異形の化け物が嗤っていたのだから。反射的に兵士は銃を撃った。骸骨はそれをこともなげにつかみ取って地面に落とした後に掌をかざした。瞬間、見えない力に心臓を握りしめられた兵士がもがき苦しむ。骸骨にとって人間の苦しみの感情は甘露の菓子のように甘く感じられた。愉悦のあまり、つい手に力が入った。同時に兵士は心臓を握りつぶされて絶命する。その場に崩れ落ちる兵士を見て骸骨は思った。なんということだ。もう死んでしまった。もう少しあの甘露を味わっていたかったのに。そんな彼の元に騒ぎを聞きつけた数人の兵士たちが踊りこんできた。玩具が増えたことを心から感謝しながら髑髏は声を発することなく嗤った。
◆◇◆◇
白神真一郎。孤狼族を率いて旅順攻略を行うも失敗。王国の貴重な財産である孤狼族を大量に虐殺した上に上官である可神大将を殺害した罪は極めて重い。よって死刑を求刑する。本土に送還されるとともに開かれた軍事裁判は一方的な判決で少尉を断罪した。
傷も満足に治っていない状態で彼は牢獄に送られた。死刑執行の順番待ちらしいが数日すれば即死刑だ。看守はそう言っていやらしい笑みを浮かべた。どうでもよかった。守るべき家族が死んだ以上、もはやこの腐った世の中に未練はない。みんな、すぐに俺も追いつく。そう思いながら残された数日を空虚に過ごした。死刑執行まで残り数日となった時に事件は起きた。深夜眠っていた少尉の目の前で牢獄の壁が爆破されたのだ。
「しけた面してやがんな。真一郎。」
月光に照れされながら現れたのは天龍子だった。寝ぼけ眼だった少尉は久しぶりに顔を見せた親友に驚いた。
「龍、どうしてここへ。」
「お前が取っ捕まっていたと聞いて駆け付けた。とっととここを出るぜ。」
「ばか、こんなことをしたらお前まで罪に問われるだろうが。」
「安心しろ。俺もいろいろあって今では一級の国家反逆者だ。」
そう言って天龍王は少尉を強引に立ち上がらせると微笑んだ。状況が分からない少尉は混乱したがこのまま死ぬよりはましだと気持ちを切り替えた。駆け出す天龍王に追いつくと彼はこちらに話しかけてきた。
「とっとと行くぜ。近くの線路に『ちはや』と仲間たちを待たせている。」
「ちはや?」
「王国からかっぱらった最新の武装列車だ。国家転覆のための移動拠点さ。」
聞き慣れない言葉に目を白黒させる少尉に天龍王はそう言って笑った。




