果たせなかった約束 伝えられなかった言葉(6)
そこから少尉たちの快進撃が始まった。
その頃、世界的な流れの中で大戦争が起きていた。世界は世界征服を企む狂気の軍事国家アイゼンライヒとそれを阻む連合国同盟の二つに別れて争っていた。蒼龍王国はアイゼンライヒの同盟国家として神聖フェンリル帝国への侵略戦争を行っていた。ゆえの激戦。
フェンリル王国の所領である近隣の島国を蒼龍王国は容赦なく侵略した。そこの戦地で少尉と天龍子は競い合うように拠点支配のための戦いに参戦したのだ。少尉の指揮する部隊は他の部隊よりもゲリラ戦に特化していった。元々が近接戦闘に特化した侍集の生き残りである。近接戦に持ち込めば敵なし。それにいかに持ち込むかが鍵だ。士官学校や書物で習った戦術を如何なく発揮することで彼は部下達が全力で戦える戦場を作り上げた。夜戦や罠、そして敵兵のおびき出し。使える手段はありとあらゆることを試した。驚異的な戦果が蒼龍王国にもたらされるにつれて彼は敵兵から『獣使い』と恐れられるようになった。ともすれば獣人差別の言葉となる呼び名を彼自身は嫌ったが、狸道や白孤は素直に喜んだ。
「結構なことじゃありませんか。若の采配で部隊の仲間が誰一人死ぬことなく帰還できる。そのための指示なら喜んで従いますぜ。」
楽観的な言葉だったが、その頃から少尉は悪夢にうなされるようになった。自分の采配を一歩でも間違えれば部下達の命を奪うことになるかもしれない重圧に潰されそうになったのだ。それを救ってくれたのは孤凜だった。彼女は少尉の異変に早い段階から気づいていた。ゆえに少尉が一人の時には気遣って話しかけてくれるようになった。お互いがお互いを気遣う中で自然と二人は惹かれ合っていった。
ある日の夜、意を決して少尉は彼女に自分の想いを打ち明けた。彼女はその気持ちを最初は冗談だろうと笑い飛ばした。なにしろ相手は幼いころから知っている幼馴染な上に仕えるべき主人である。貴方のことは兄弟のように思っているからそんな風にはなれない、そう断ろうとした。だが少尉は直情のままに彼女を強く抱きしめた。彼女は逡巡の末にそれを受け入れた。その夜に二人は男女の関係になった。
それから彼女は変わった。前は男勝りだったのに仕草の一つ一つに女性らしさを見せるようになった。少尉も彼女をますます信頼するようになり、孤凜は部隊の右腕として獅子奮迅の活躍を見せるようになる。その変化に早くから気づいたのは父親である狸道だった。自分の仕えるべき主人とはいえ溺愛する娘を取られたことに複雑な思いもあったのかもしれない。だが彼は二人を祝福してくれた。これで白神家の跡取りは安泰だという辺りは非常に気が早いと言えたが部隊の仲間たちは少尉たちのことを好意的に祝福してくれた。
その頃と同時期に少尉はこれまでの戦功を認められて少尉に任官された。
「これからは若のことを少尉殿とお呼びします。よろしいですね、少尉殿。」
若でいいじゃないかと少尉は反論したが狸道は決して譲らなかった。何もない状態から叩きあげで昇進したことが余程嬉しかったのだろう。その日の夜には少尉と孤凜を囲んでささやかな宴が催された。その時の狸道は大いに酒を飲んで大いに泣いた。娘を取られたといっては泣き、主人が出世した、婿ができたと言っては号泣した。少尉は本当の意味で狸道や孤凜、白孤と家族になれたことが本当に嬉しかった。
それは戦場の合間のつかの間の平穏だった。だが、本当に幸せな日々であった。そんな彼らに旅順攻略の指令が届いたのはそれから数日後のことだった。




