果たせなかった約束 伝えられなかった言葉(5)
士官学校に入ってからの二人は良く学び、よく遊んだ。それまでの傭兵生活が長すぎたために入学してからもしばらくは殺伐とした空気から抜け出せずに孤立しかけたが、それでもなんとか過ごせたのは天龍子がいたからこそだった。天龍子は同期の中でも飛び抜けて出来が良く、飛び抜けて素行が悪かった。酒や賭博、煙草に女遊びといった悪い遊びもこの時に天龍子から手ほどきを受けている。講師陣も天龍子の素行の悪さは問題視していたが彼の背後にいるのが国王である黒龍王ということもあって強くは言ってこなかった。そんな天龍子の権力に預かろうと猫なで声をあげて言い寄る貴族の息子なども多くいたが天龍子はまるで相手にしなかった。一人でも多く戦うための仲間が欲しかった彼にとってそういった有象無象の相手をしている暇などなかったのである。相手にされなかった貴族たちの恨みは自然と懇意にしている少尉に向いてきた。しかし少尉とて生まれたころから戦場に身を置いてきた古強者の一人である。戦場も経験していない子供の相手などは赤子の手をひねるくらいに容易だった。逆に返り討ちにした相手から賠償金を請求するものだから質が悪い。校舎裏に呼び出されては財布の中身をパンパンにして戻ってくる少尉を同級生たちは賠償金の魔王と呼んで恐れた。もっともその悪知恵も天龍子から教わったものであり自ら考え付いたわけではなかった。ただ漠然と考えたのは学生というのは随分儲かるものなのだなといった末恐ろしいものでしかなかった。儲けはその日の夜の飲み代として大半は消えていった。夜になると天龍子は少尉を伴って夜の街に繰り出した。天龍子が一番好んだのは北欧美人のいるキャバクラだった。将来は絶対に金髪碧眼のねえちゃんと結婚する、そう宣言しながらボトルを開ける天龍子を酒の肴にしながら少尉は酒を飲んだ。たいていは途中で天龍子が寝てしまい、少尉が時間になるまで酒を飲み続けることになるのがいつものお約束だった。元々の傭兵時代から狸道から酒の手ほどきを受けてきた男である。酔いつぶれるのと注がれた酒を飲み干せないのは恥だと家訓のように言い聞かせられて疑うこともしなかった。元々酒が強いのもあっただろうが士官学校時代でも随分鍛えられていたわけである。次の日に二日酔いで休む天龍子の代わりに酒臭い息をしながらもしっかりと授業に参加して座学のノートをしっかり取るのがいつもの風景だった。元々の頭の出来が他の生徒より違う上に努力も怠らない。またそれに驕ることもなかった。天龍子とてそれは同じだった。彼にとって士官学校で習う知識はすでに身につけたものであり、正直なところで今更感が否めなかった。彼にとって重要であったことは士官学校を卒業して下士官に任命されて戦地に赴くことである。だからこそ出席日数ギリギリまでサボった。サボりにサボった。そんな不良学生二人が成績では学年主席と第二位を争うのだからほかの真面目に勉強をしている候補生たちは報われない。
もっとも少尉にとって士官学校の勉学は無駄なものではなく至極有意義なものであった。戦略の組み方や情報の集め方、考え方といった基礎はここで固められたといってもいい。また傭兵団時代ではあまり扱う機会がなかった西洋式のライフル銃を触る機会を得られたのもこの時が初めてだった。刀ばかりを扱ってきた少尉にとってたいした訓練もなく遠くの敵を倒すことのできるライフルという武器は便利な反面で恐ろしいものでもあった。最もそれは少尉に射撃のセンスがあったからだ。相性が良かった分。他の候補生に比べて覚えも早かった。ライフル銃の撃ち方を教える講師も舌を巻くほどであった。だが、少尉はライフル銃を自らのメイン武器に選ぶことはしなかった。自分が育ってきた孤狼族の剣技に誇りを持っていたからこそ刀を持って戦うべきだと判断したのだ。後年、彼はその選択を悔やむことになる。
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あっという間に二年が経過して少尉は下士官に任官された。その頃の陸軍の規範はあいまいな所があり、正規兵が足りなければ金で傭兵を集めるというのが暗黙の了解であった。こういった面でも金を持つ人間のほうが有利になるという悪習が根強く残っていたといっていい。だが、今回に限ってはその悪習は役立ったといっていい。なぜならばすぐに傭兵団時代の仲間たちを招聘することができたからだ。二年間の空白からの再会であったが、狸道達は皆が元気そうだった。久々の主との再会に狸道は涙した。若い時の旦那様を見ているようだと言われるとなんだか悪い気もしなかった。仲間たちとの再会の中で特に少尉が目を見張ったのは孤凜が奇麗になっていることだった。年頃ということもあり、少女じみていた面影はすっかりなくなり、女らしくなっていたことに少尉は内心で激しく動揺した。兄である白孤が冗談で嫁にどうですと口にすると恥ずかしがった孤凜は凄まじい勢いで兄の後頭部を刀の鞘で殴った。少尉ですら早すぎて見切りづらい太刀筋だった。瞬時に気絶する兄を見下ろしながら照れ隠しに笑う孤凜に引きつり笑いを浮かべながら少尉は思った。怒らせるのはやめたほうが身のためだと。そんな二人を狸道と孤斬、孤大吾は優しく見守った。




