果たせなかった約束 伝えられなかった言葉(4)
血まみれで戻ったことに凄まじく驚かれた。その後に死ぬほど怒られた訳だが少尉と孤斬はそれからよく話すようになった。話をしていくうちに孤斬が皆と距離を置く理由や話をしない理由も聞くことができた。吃音のせいで親から捨てられた孤斬は少尉たちと同じように傭兵として各地を転々と渡り歩いた。血反吐を吐くような修羅場を何度も経験していくうちに卓越した剣技を身につけることができた。だが、上達したのは剣の腕だけでコミュニケーションといったものは吃音のせいもあって身につける機会がなかったのだという。少尉や狸道達と本当は仲良くしたかったが、吃音のせいで嫌われることが怖くて話しかけられることができなかったのだ。剣技の腕に反比例して心は硝子のように繊細だったわけである。今まで話をしてこなかった男が急に話をするようになって狸道達も驚いていたが、少尉から理由を聞いてからは孤斬に接するようになった。孤斬はそのことを凄く感謝して少尉に友情を感じるようになった。少尉もそれを好意的に受け止めたことで孤斬は傭兵部隊の中で本当の意味で家族の一人になることができたわけである。
そんな傭兵団に風変わりな孤狼族が入ってきた。それが狸大吾である。剣技の腕はからきしだが逃げ足と火薬、そして罠の使い方は一級品の腕前を持っている狸大吾はそれまで剣技の腕だけで生きてきた少尉たちの部隊の中では異端の存在だった。罠を仕掛けて敵部隊を爆弾で一掃する。それを少尉や仲間たちは卑怯なものに感じて最初の頃は受け入れることができなかった。そんな仲間たちに狸大吾は困ったような笑顔を向けた。そんなこともあり、部隊の中でも浮いた存在だった狸大吾と少尉が仲良くなったのは少尉が13歳の頃だ。その頃、相手部隊との激しい戦闘の中で少尉と狸大吾は谷から落ちて川に落ちたことで仲間たちとはぐれた。なんとか川下に流されたことで命を拾うことはできたが、狸大吾は右足を負傷して身動きが取れなくなった。敵の追手が差し向けられる中で苦痛に顔をしかめながら狸大吾は少尉に言った。
「若、僕のことは構わないで行ってください。戦場なんですから仕方ないですよ。」
戦場なんだから仕方ないというのは狸大吾の口癖だった。かつて爆弾の使い方が卑怯であると仲間たちと口論になった時も狸大吾はその言葉を口にした。戦場では弱いものから死んでいく。死にたくなければどんな手を使うのも仕方ない。それが狸大吾の死生観であった。少尉はその理屈に全く納得できなかった。だからこそ狸大吾を見捨てることをしなかった。負傷した狸大吾を背負いながら少尉は仲間たちの元までたどり着いた。途中で敵の追手に襲われた時も決して見捨てたりはしなかった。仕方ないってなんだ。人の命は仕方ないですませられないんだ。弱音を吐いて自分を置いていくように懇願する狸大吾を少尉はそういって怒鳴りつけた。仲間たちと合流できたときに少尉は疲労のあまりにその場に倒れこんだ。狸大吾が変わったのはそれからだった。爆弾や罠は使うようになったが、作戦を立てるときには少尉や狸道に必ず事前確認をするようになったのだ。そのことを狸道に尋ねられると狸大吾は笑顔でこう言った。
「人の命は仕方ないですませられない、そう僕に教えてくれた人がいたんですよ。」
言われた少尉は気恥ずかしさで顔から火が出そうになったが、狸大吾はにっこり笑った。それから狸大吾は少尉たちと打ち解けるようになった。打ち解けるようになってからは手製の料理を振舞うようにもなった。殺伐とした戦場生活が長いせいで少尉たちは食べ物に執着というものがあまりなかったが、そんな彼らでも狸大吾の料理は素晴らしく美味しく感じた。傭兵生活で貯めた金でいつか自分の店を持つ。それが狸大吾の夢だった。そんな狸大吾の夢を少尉やもちろん仲間たちも好意的に受け止めたことで狸大吾は本当の意味で少尉たちの部隊の仲間として受け入れられるようになった。思えば少尉が美味しい料理に執着を持つようになったのも狸大吾の影響が大きかったのかもしれない。
そして少尉が17歳の頃に運命の出会いがあった。のちの天龍王となる天龍子との出会いである。亜人を迫害する屑のような傭兵を共に諫めた少尉と天龍子はそれがきっかけでよく話すようになった。敵ともいえる王族でありながら何故か天龍子とは不思議と馬が合った。亜人差別をこの国からなくしたいという共通の想いがあったからかもしれない。王族である天龍子がなぜ傭兵として戦場にいたのか、その理由は彼が庶子であったからだ。正室ではなく妾の子として生まれた彼は他の王位継承者に比べて後ろ盾がない弱い立場だった。ゆえに彼には人一倍に力が必要だった。だから傭兵に身を置くことで実戦経験を重ねることで自らに研鑽を重ねていたのだ。天龍子には目的がもう一つあった。自分の右腕になる男を探すこと。それは彼自身が傭兵生活中に自らに課していた命題であった。天龍子にとって少尉という人間は得難い人間であった。傭兵に身をやつしているとはいえ貴族の家柄であるというのも重要な要素であった。何故ならばその頃の士官学校は貴族の子でなければ入ることができなかったからだ。ゆえに彼はともに士官学校に行くように少尉を口説いた。仲間のこともあり、最初は渋っていた少尉であったが、狸道や白孤、孤凜は皆が口を揃えて士官学校に行くように勧めてくれた。士官学校を卒業すれば士官候補生として陸軍に入隊することができる。戦功を重ねて位が上がれば、いずれは白神の地を取り戻すことができるかもしれないと考えたからだ。このまま傭兵生活を送るより余程現実性のある話だった。逡巡ののちに少尉は天龍王の提案を受け入れた。そして舞台は士官学校へと移ることになる。




